国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

ポスト紛争期の水俣における「負の遺産」の生成過程に関する博物館人類学的研究(2018-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 平井京之介

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、熊本県水俣において、水俣病という悲惨な出来事を伝える場所やモノがいかにして「負の遺産」として保存されるようになったか、水俣病紛争が沈静化した現在の水俣社会においてそれらはどのような役割を果たしているかを明らかにすることである。
本研究では、①水俣病被害者が運動のなかで収集してきたモノや記録が1990年代以降になって、いかにして「遺産」と認識されるようになったか、②行政がどのような経緯でそれらを「負の遺産」として保存・活用するようになったか、③「負の遺産」は社会においてどのような役割をもつか、を解明することを具体的な研究目的とする。被害者団体や行政がおこなう広義の「博物館活動」を主な対象として、4年間で計8ヵ月にわたる参与観察を中心とした人類学的調査を実施し、聞き取り調査や文献資料調査等で補足することで、以上の目的を達成できると期待される。

活動内容

2020年度実施計画

令和2年度も、引き続き、被害者関連団体と水俣市、さらには熊本県による水俣病を伝える活動の実態調査を継続する。令和2年度は約3ヵ月間の現地調査を予定しており、特に被害者団体と行政とが協働しておこなう実践とその歴史に焦点を当てた調査をおこなう。その際、水俣病資料館の特別展示、水俣病関連資料データベース作成、慰霊式、語り部制度、水俣病公式確認60年記念事業、水俣病問題啓発事業、環境学習セミナーなどを主な対象とする。なお、新型コロナウイルスの影響がいつまで続くのかが現在では見通せないが、現地調査の実施に影響が出た場合には、その一部を令和3年度に延期することも検討したい。
また、学術雑誌への投稿を実施し、研究成果の一部を刊行する。さらに、国立民族学博物館共同研究会等で発表を行い、これまでの成果を確認するとともに課題を策定し、最終年度に執筆する成果刊行物の準備とする。

2019年度活動報告

本年度は、水俣病を語り継ぐ会や水俣市立水俣病資料館、熊本県水俣病保健課などを対象に、水俣市周辺において約50日間にわたる現地調査を実施し、主として以下の2つの課題に取り組み、十分な成果を得ることができた。
第一に、1990年以降に水俣病問題に関連する行政の施策に参加してきた行政担当者やNPO職員、水俣病被害者からの聞き取り調査と、水俣病センター相思社が所蔵する水俣市の行政に関する文献調査により、水俣病資料館の博物館活動と、水俣市が進める「環境モデル都市づくり」活動の歴史、さらには水俣病によって分断された水俣社会の和解を目指す「もやい直し」活動の歴史について、有益な調査結果を得ることができた。
第二に、水俣市立水俣病資料館の運営に対する支援および助言をおこなう熊本大学受託研究「水俣病資料館資料整理等に係る業務委託」に専門家会議委員として参加しつつ、水俣病資料館の「負の遺産」を伝える活動について調査を実施した。また、水俣病を語り継ぐ会、水俣病センター相思社、環不知火プランニングが、熊本県水俣病保健課と協働して実施している水俣病問題啓発事業のうち、教職員を対象とした啓発事業、および児童生徒を対象とした学校訪問事業について調査を実施した。これにより、学校教育において水俣病の教訓を教育普及していくうえでのいくつかの問題点が明らかになった。
そのうえで、これまでの研究成果をまとめ、水俣において水俣病被害者を支援するNPO団体から水俣病を伝える活動が生成してきた過程についての民族誌を執筆した。これは令和2年度に学術雑誌に投稿する予定である。

2018年度活動報告

本年度は、水俣病センター相思社と水俣病を語り継ぐ会を中心に、水俣市周辺において約2ヵ月間にわたる現地調査を実施し、以下の2つの課題に取り組み、十分な成果を得ることができた。
 第一に、熊本県の水俣病問題啓発事業による、児童生徒を対象とした学校訪問事業と、教職員を対象とした啓発事業に計10回程度同行し、学校教育の現場で水俣病を伝える活動がいかにしておこなわれ、そこでどのような問題が生じているのかを明らかにした。 第二に、一九八〇年代後半に水俣ではじめて「負の遺産」の保存・活用に本格的に着手した水俣病センター相思社で当時活動していた元メンバーにインタビューをおこない、水俣病歴史考証館が設立されるにいたった経緯と、水俣病被害者の支援活動が紆余曲折を経て水俣病を伝える活動に変容していくまでの詳細な過程について貴重な情報を入手することができた。
 また「負の遺産」に関連する先行研究、および本研究が参考にするフランスの社会学者ピエール・ブルデューの理論的アプローチを整理をしたうえで、本研究のなかで取り組もうとする課題を検討し、今後の展望を加えて、学術広報誌『民博通信』に発表した。さらに11月には、台湾国立台北芸術大学博物館研究所から客員研究員としての招へいを受けて、約1ヵ月間当機関に滞在し、本研究の成果を研究会で発表し、意見交換するとともに、台湾にある「負の遺産」を伝える約20の博物館を調査し、水俣病の事例との比較研究をおこなった。このことは、これまでの研究の進捗状況と、今後の課題を確認するうえで有意義なものとなった。