国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

セネガル、ニアセン教団における女性の宗教的権威の伸張(2018-2020)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 盛恵子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

イスラーム世界において女性は男性に対して社会的に劣位であり、宗教的に周縁化されているという通念を、ニアセン教団の女性指導者は覆す。ニアセン教団はスーフィー教団であるティジャーニー教団の分派であり、イブラヒマ・ニアス(1900-1975)によってセネガルで創始された世界的規模の教団である。ニアスは神を認識する体験を信仰の土台と見なし、神秘主義の修行タルビヤを通じて神の認識を得ることをすべての信徒の義務とした。セネガルのニアセン教団では1990年代から女性の指導者が登場し、彼女たちは男女両性の信徒に対してタルビヤを指導し、尊敬を得ている。彼女たちは妻・母という「伝統的」役割を果たしつつ、教団の信仰の根幹に関わる役割を担う。本研究の目的は、彼女たちの登場の思想的・社会的背景、彼女たちの活動が、一般的に男尊女卑を特徴とするセネガル人ムスリムのジェンダー役割にもたらす影響を明らかにすることである。

活動内容

◆ 2020年3月31日転出

2020年度活動計画

次年度は、本年度に行うことのできなかった、イブラヒマ・ニアスの娘たちの中で最も有名な女性指導者であるマリヤマ・ニアスと彼女の学校について、またサラフィズムにとっての女性の地位と役割について、調査する。
マリヤマ・ニアスとその夫であるオマール・カンは、ダカールにおける最初期のニアセンの指導者であり、彼らを中心として、ダカールにニアセンが定着・発展したとされる。また、ダカールに住む女性指導者たちの役割の重要性は、ダカールの都市的状況と関係があると思われるので、ダカールの発展についての資料を探す。
さらに、セネガルでは依然としてムスリムの多数派がスーフィー教団に所属するものの、近年、特有の服装でそれとわかるサラフィストが、ダカールで増加している。ニアセンの女性指導者の存在に対する、セネガルのスーフィー教団すなわち、ティジャーニー教団のアルハジ・マーリク・スィを祖とする集団、ムリッド、そしてライエンの指導者たちの否定的な見解は、初年度ですでに確認した。しかしサラフィストの女性に対する見解に関しては未調査なので、次年度に調査する。
また今年度にカオラックで、ダカールだけでなくサールム地方の農村にも女性指導者たちが存在するとの情報を得たので、可能な限り彼女たちの活動の調査も行いたい。これ以外にも、実際の調査の過程で明らかになるであろう諸問題について、適宜調査を行う。

2019年度活動報告

ニアセンの本拠地であるカオラックにおいて、イブラヒマ・ニアスの息子であるマーヒ・ニアスから、女性指導者についての公式見解を聞いた。ニアセンの長はティージャーン・ニアスであり、弟のマーヒ・ニアスは彼のスポークスマンである。マーヒによれば、イスラームは女児の生き埋めというアラビアの風習を禁止し、女性に権利を与えた。イスラームの根本原理は、男女平等である。預言者ムハンマドが教友に、妻アーイシャにイスラームについて訊ねるよう命じたハディースが存在するので、イスラームにおいては男女を問わず知識を持つ者が、持たない者を指導すべきであるという。また、元合衆国大統領カーターが設立したカーター・センターが、2015年にガーナのアクラで行った西アフリカ女性のエンパワーメントを主題とするフォーラムにおいて、ティージャーン・ニアスは、『コーラン』の33章35節は男女の平等を述べており、この節は女性が男性と等しい社会的・宗教的責任を持つことの根拠だと述べた。この演説のフランス語訳の原稿を、ニアセン幹部から提供された。2人の最高権威者の説明にはスーフィズム色がなく、西洋的な男女平等論にも通じるものだった。しかし他方で、ニアセン最初期の女性指導者として名高い、イブラヒマ・ニアスの2人の娘たちの関係者たちは、イブラヒマが娘たちを指導者にしたのは、彼女たちに専ら女性を指導する役割を担わせて、男女の隔離をより厳格に行うためだったと述べた。ニアセンにおける女性指導者の存在根拠と役割は、時代の要請によって、イブラヒマ・ニアスの時代とはいくらか異なるものになったようである。
ダカールの女性指導者たちは、家庭で子供を教育する女性の特性が、弟子を宗教的に教育する指導者の役割に適するとみなしていた。弟子たちの中にも、女性指導者を「母 yaay」と呼び、彼女は男女の弟子を我が子のように愛してくれるという見解が見出された。