国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

島嶼社会における芸能伝承の課題―対話と発見の場としての映像を活用したアプローチ(2018-2020)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 福岡正太

研究プロジェクト一覧

目的・内容

近年、多くの無形文化遺産が伝承の危機にあるという共通の認識のもと、ユネスコの無形文化遺産保護条約等による国際的な文化遺産レジームが確立しつつある。日本では、文化財行政を文化遺産レジームに適応させる一方で、地方社会の経済的活性化のために芸能等の文化財も総動員しようとする政策が進められている。本研究は、そうした状況のもと、鹿児島県の硫黄島と徳之島という規模を異にする2つの島において民俗芸能の伝承が直面する課題とその解決への試行錯誤について調査し、島嶼社会における芸能伝承の重要性を明らかにすることを目的としている。調査は、島において実際に民俗芸能の伝承にかかわる人々の努力に焦点を合わせ、文化財行政の変化が人々の実践に及ぼす影響に光をあてる。それらの課題に対する理解を深め、進むべき方向性を見いだすための対話と発見の場として、芸能の映像記録を活用した研究をおこなう。

活動内容

2020年度実施計画

調査に基づく映像の撮影、およびそれらを編集あるいはコンテンツ化する作業、さらにそれらを現地で利用可能とする体制作りはほぼ終了しており、最終年度は、それらの映像の上映や活用を通して、それぞれの島の民俗芸能伝承における課題の整理に務めたい。映像コンテンツの活用を実現するには、まず、利用者、特に島の芸能の伝承に力を尽くす人々の経験にできる限り添う必要がある。上映会などの機会を作り意見を交換することで、彼らが島の芸能の伝承において課題と感じていること、またその解決のために映像を活用する可能性についての議論を、硫黄島と徳之島の両島において深め、共通の課題および独自の課題を明らかにする。また、硫黄島においては、八朔太鼓踊りに登場するメンドンの無形文化遺産代表一覧表への記載の影響、そして徳之島においては、世界自然遺産への登録への動きと連動する文化遺産への意識の高まりなども注視し、民俗芸能の伝承への取り組みへの意識の変化にも光をあてる。

2019年度活動報告

本研究は、無形文化遺産概念の普及や文化財行政の変化等を背景に、島嶼社会で民俗芸能の伝承に取り組む人々の実践における課題を明らかにしようとしている。特に、様々な知見の交換をうながし、対象への理解を深めるためのメディアとして芸能の映像記録をとらえ、その可能性を活用した研究をおこなう。
1.硫黄島における調査 昨年度に引き続き、鹿児島県三島村硫黄島の八朔太鼓踊りの撮影・調査を進めた。2018年、ユネスコにより「来訪神:仮面・仮装の神々」が無形文化遺産代表一覧表に記載されたことを受け、島では祭りにおける観光客等の受入態勢の整備が進められている。人口約120名の島において、高齢化が進む中、島の社会を維持するためには、島外出身の若い世代を様々な形で呼び寄せることが必要であり、民俗芸能の維持にも島の人々の様々な努力が反映されている。今後は、映像上映を通して、民俗芸能維持における課題とそれに対する島の人々の工夫を明らかにしたい。
2.徳之島における調査 昨年度に引き続き、鹿児島県徳之島の民俗芸能伝承における映像記録の活用可能性についての調査を進めた。集落ごとに多様な文化をもつ徳之島では、集落社会の維持が芸能の伝承の大きな課題となっている。小学校が集落の人間関係や活動の結節点の1つとなっている例に着目し、国立民族学博物館が制作したフォーラム型情報ミュージアム「徳之島の唄と踊り」(各集落の芸能の映像記録からなる双方向的なコンテンツ)を授業等で活用してもらう試みを進めた。
なお、これまでの成果に基づき議論を深めるため国立民族学博物館学術資源研究開発センターと共催で国際シンポジウムを企画していたが、映像の上映会などもあわせて、新型コロナウィルスの感染広がりにより中止せざるを得なくなった。今後、状況を見ながら、再度、開催を企画したい。

2018年度活動報告

本研究は、島嶼社会において民俗芸能の伝承にかかわる人々の努力に焦点を合わせ、無形文化遺産概念の普及や文化財行政の変化等が、人々の実践に及ぼす影響を明らかにしようとしている。それらの課題に対する理解を深め、進むべき方向性を見いだすための対話と発見の場として、芸能の映像記録を活用した研究をおこなう。本年度は硫黄島と徳之島にて調査を進めた。
1.硫黄島における調査 鹿児島県三島村硫黄島の八朔太鼓踊りの撮影・調査を進めた。八朔太鼓踊りに登場するメンドンは、2017年に国の重要無形民俗文化財に指定され、2018年には甑島のトシドン、男鹿のナマハゲらの芸能とともに「来訪神:仮面・仮装の神々」を構成する10件の芸能の1つとしてユネスコの無形文化遺産代表一覧表に記載された。人口約120名の島において、島を挙げて芸能が維持されている様子を調査し映像で記録した。今後、映像の試写等を通して島における芸能の伝承について議論を深めていく。
2.徳之島における調査 鹿児島県徳之島では、国立民族学博物館が制作したフォーラム型情報ミュージアム「徳之島の唄と踊り」(徳之島の各集落の芸能の映像からなる双方向的なコンテンツ)を、集落に伝わる芸能の学習において活用するため、天城町の小学校と協議を進めた。人口減少が続く徳之島では小学校児童数が減る一方、鹿児島等から赴任する教師の子どもを始めとする集落外・島外出身の児童の割合が増えている。集落と校区が重なっている地域では、小学校が子どもたちに集落の芸能を伝える重要な場となっていることがわかってきた。集落の年長者らから子どもたちへの直接の伝承活動を阻害することなく、効果的に映像を活用するためのコンテンツの改修の方向性などを検討した。