国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

近現代の日本と韓国における門付け芸能の変遷‐伊勢大神楽と韓国農楽を中心に‐(2018-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究 代表者 神野知恵

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、芸能者が家々を廻って祝詞や歌などを奉納する「門付け」の芸能を対象とする。日本では古来より専門芸能者による門付けが盛んに行われたが、その多くは近代化の波を受けて衰退した。現在は西日本各地で巡業を続ける伊勢大神楽や、消滅の危機を越え近年復活を遂げた阿波木偶箱まわし等が残る。本研究ではそれらの巡業の詳細調査を行い、彼らと地域住民との関係性や、現地の祭りや芸能などへの影響、近現代における活動形態の変遷を明らかにする。
また、韓国を比較対象地域として取り上げる。韓国でもかつて専門芸能者による門付けが盛んに行われ、各地にその記録や影響が残されているが、度重なる戦争と経済成長を境に巡業を見ることはできなくなった。本研究では、両国においてそれまで重要な役割を担い、影響力を持っていた門付けの芸能が、近現代に存続の危機に立たされた理由や、巡業活動の維持および復活の変遷史を検討することを目的とする。

活動内容

2020年度実施計画

令和2年度上半期は広範囲での現地調査が難しいため、文献調査を重点的に行う。これまでも部分的には行ってきたが、門付けや家廻り芸能に関連する文献資料の再整理を試みる。そのうえで、「門付け」という用語の再検討を行う。各芸能者や団体が、家々を廻る巡行活動を何と呼んでいるか、また「門付け」という用語に対して持っている違和感やイメージを整理することによって、家を廻る芸能の実像と、「門付け」という名称が指す範囲の重なりやズレを明らかにする。個別の芸能の研究としては、伊勢大神楽については以下のテーマに焦点を当てる。第一に、昨年度から引き続き、伊勢大神楽に宿泊や食事を提供する「ヤド」の戦前・戦後での変化についての研究、伊勢大神楽講社の廃業した社中の廃業時期と理由、回檀地の分布、その後の回檀先の状況、伊勢大神楽から伝習を受けたり影響を受けた地域の獅子舞についての研究を行う。また、戦後に県・国からの無形文化財指定を受ける前後の活動の変化についての聞き取り調査を行う。これらを通じて、近現代に伊勢大神楽が経験した変化についての研究をまとめる。また、こうした近現代での変化を、東北の廻り神楽や阿波の木偶廻し、その他の「門付け芸能」と呼ばれる芸能と比較して研究する。
韓国に関しては、芸能者のインタビュー記録や、朝鮮総督府などの発行による植民地期の資料、新聞記事を再度調査し、家廻り行事や巡行の記録を分析する文献調査を重点的に行う。
研究成果は、令和2年度中に大阪大学出版会から共編著書の出版を予定している。また、国内では東洋音楽学会(11月)などでの研究発表を申請中である。他にも、国立民族学博物館ビデオテーク(令和2年度制作)および、映像民族誌作品(令和2年度取材、3年度制作)のなかで、研究成果の一部を紹介する予定である。

2019年度活動報告

今年度はまず、巡行する芸能者にとって不可欠な宿泊や飲食を提供する「ヤド」に注目し、西日本で獅子舞と曲芸による回檀を続ける伊勢大神楽を主な研究対象として調査を行った。彼らの場合、以前は民家での宿泊が主であったが、家族構成の変化や経済的負担により旅館やホテル、持ち家、自宅通勤に代わっており、過去5年で民家での宿泊が無くなったことが明らかになった。一方、食事の提供に関しては、現地調査と文献調査を通じて、減少傾向にはあるが現在でも地域の公民館や個人宅が担う場合が多いことがわかった。阿波の木偶廻しや、東北の廻り神楽などの芸能のヤドにも同様の傾向が見られた。過去の宿泊や回檀の様式に関しては、森本忠太夫社中の昭和初期の出納帳を通じて分析研究を行い、国立民族学博物館より出版を予定している。次に伊勢大神楽の芸能の地方伝播を重要なテーマと考え、そのなかで笛の役割に注目した。神楽師が地域の人々に笛を教えたり、譲渡することよって芸の伝播が促されている場合が見られ、専業芸能者と地元住民の関係構築に楽器というモノが重要な役割を果たしていることが明らかになった。
韓国においては、門付け形式の活動を行っていた農楽の演奏者たちが、1920年代に興行公演を行うようになり、1960年代に舞台芸能化していった過程について、演奏者イブサンへのインタビュー調査を行った。
今年度はこれらの研究成果を、国内学会および講演で5回、韓国学会で3回、国際大会1回の発表によって報告した。とくに7月に行われた国際伝統音楽学会(ICTM)では、伊勢大神楽の映像上映を行い、各国の参加者から多様な反応を得た。研究成果の一部は共著『アジアを学ぼうブックレットシリーズ 音楽を研究する愉しみ』(令和1年10月、風響社)でも紹介した。また、12月に国立民族学博物館で伊勢大神楽山本源太夫社中の公演を行うことにより研究成果の社会還元も行った。

2018年度活動報告

本研究は近現代の日韓における門付け芸能の変遷を主題としている。今年度は、主に日本の関西各地で活動する伊勢大神楽の調査を行った。伊勢大神楽講社の四社中を対象とし、調査地域は大阪府、京都府、滋賀県、福井県、香川県、岡山県、兵庫県、三重県各地に及んだ。各地域において大神楽が歓待され、年中行事のなかで重要な役割を果たしている場面を見ることができたが、その存続を楽観視できない部分も多かった。とくに少子高齢化による回檀地の減少や、神楽師の人員確保に深刻な問題を抱えていた。本研究では比較を行うため、東北地方を中心に他の芸能団体についても調査を行った。八戸三社大祭における神楽などの門打ち、盛岡市黒川さんさの門付け復元行事、大船渡市越喜来の浦浜念仏剣舞による供養行事、吉浜の権現様巡行、宮古市黒森神楽の巡行を対象とした。また、韓国でも農楽が家々を廻る「コルグン」の行事を済州道楸子島で見る事ができた。演じる人びとはいずれも専業者ではないが、家々で芸能を奉納する代わりに報酬を得る門付けの行事においては、様々な点において共通性が見られた。
これらの調査の結果、家々を廻る儀礼は日韓で現在も続けられているが、その理由は家族の健康や家業の繁栄を願う信仰心による部分が大きいことが改めて明らかになった。また、先行研究では行事の演じ手を専業的な芸能者と村人に二分して考えてきたが、その相互関係や、中間的な存在も重要であることがわかった。研究成果は、申請者が所属する国立民族学博物館での研究会や、韓国木浦大学島嶼文化研究所の国際シンポジウムにて発表し、その内容が論文集『島と海の民俗研究、その行路と展望』として出版された(韓国:民俗苑、2019)。その他、国立民族学博物館『月刊みんぱく』(2018年10月号)での門付け芸能特集、公益社団法人全日本郷土芸能協会会報での連載記事においても調査の結果を一般公開した。