国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

被災後社会の総体的研究:被災後をより良く生きるための行動指針の開発(2018-2020)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|挑戦的研究(萌芽) 代表者 竹沢尚一郎

研究プロジェクト一覧

目的・内容

日本は大規模な自然災害が頻出するが、これまで研究者や行政関係者は将来の災害にどう備えるかという「防災」の観点から研究を重ねてきた。こうした研究や取り組みに対し、被災後に被害を軽減するために地域社会に何ができるか、復旧を実現するのに何が必要かといった、被災後社会についての研究は限られている。しかも、被災後社会の研究は個々になされただけで、統一的な視点を与えることに成功していない。その結果、災害が発生するたびに、被災者や行政関係者、支援者、研究者は手探りで対応を強いられてきた。
本研究は、東日本大震災の発生以来、ボランティアや研究者として被災後社会の支援と調査にあたってきた研究者が、災害後に人びとがとった行動を状況ごと、行為者ごとに詳細に記述する。その上で、そこにおける問題点や改善点、教訓等を明らかにすることで、災害後に望まれる地域社会や支援のあり方を記した指針を作成することを目標とする

活動内容

2020年度実施計画

本研究は萌芽的な性格のものであり、社会人類学と地域社会学を専攻する研究代表者のほかに、文化人類学、宗教学、建築学を専門とする研究分担者3名からなる小規模なものである。そのため、各自が独自の視点から研究を遂行すると同時に、それを踏まえながら、将来的にどう発展させていくかを全員で討議した。4名の研究者では限界があるため、さらに他分野の研究者にも呼び掛けて、被災後社会についての総体的な理解を得るよう尽力した。
各自が実施した各個研究、および他分野の研究者との討議を踏まえて、新たな研究テーマを立案し、令和元年に、日本学術振興会科学研究費助成事業基盤(A)「被災後社会の総体的研究:減災マニュアルの作成と減災科学の確立に向けた研究」(研究代表者竹沢尚一郎)を申請するにいたった。
結果は残念ながら不採択であったが、今後、本研究の成果を踏まえた研究を継続して実施するべく、新たな申請をめざして、本事業の研究者および多分野の研究者とメール等で討議や研究成果の交換等を実施している。

2019年度活動報告

本研究のテーマは「被災後社会の研究」である。その目的は、地震や津波、大事故などの大災害に見舞われた社会が、その被害を可能なかぎり軽減するにはどのように行動すべきかを、文化人類学や地域社会学、宗教学、建築学などの学際的な視点から明らかにすることである。
東日本大震災のような大災害が発生すると、社会はその構成員の生命をはじめ、経済、政治、宗教、地域社会などの各次元に渡って甚大な影響を被る。そうした被害を軽減させ、より迅速に復旧を実現するには、社会がもつさまざまな能力を発揮させる必要がある。この観点から本研究は、地域社会、学校、祭り、原発事故避難者、商店街、行政機関、まつづくり団体といった社会を構成する諸アクターを対象として、インタビューを含めた現地調査を実施することで以下の理解を得た。
経済活動に関しては、水産業や水産加工業などの基盤産業は国の支援もあってかなり回復したが、商店街は大手スーパーが進出したこともあり、どこでも壊滅的な状態である。教育制度は、過疎化の進行と共に小中学校の統廃合が進んでいる。東日本大震災後に学校は、住民の生命を保護する上で避難所等として大きな役割を果たしたが、今後何がその役割を担うのかは課題である。
地域の宗教生活については、地域社会の象徴である祭りや民俗芸能はいち早く復興したが、福島県の原発事故周辺地域では神社等の統廃合が進められており、今後の課題となっている。
東日本大震災で大きな被害を被った東北3県のうち、岩手県と宮城県では震災後9年を経過するなかで、ほぼ復旧は完了している。一方、原発事故の重大被害が出た福島県では住民の帰還は完了しておらず、全国に避難した被災者が30数件の訴訟を起こしているなど、依然として完全復旧からはほど遠い状態にある。

2018年度活動報告

本研究は、大規模災害が生じたあとの社会的状況を「被災後社会」の名でとらえ、被災者、行政機関、地域住民、支援ボランティア、研究者等、「被災後社会」に関わるさまざまなステークホールダーの行動や意識を総合的にとらえることで、将来生じるであろう災害への対処法を明らかにすることをめざすものである。本年度は本研究の最初の年度であるため、最初に全研究者が集まって研究会を組織し、各自の問題意識のすり合わせや、今年度の研究実施計画について話し合った。本研究は、人類学、宗教学、建築学、社会学など、専門分野を異にする研究者からなる研究であるため、各自の問題意識や研究内容にかなりの幅があることが確認された。そこで視点を統一するより、さまざまな視点を生かしながら研究を遂行することを確認した。
竹沢は岩手県釜石市で、商店街を中心に被災後の社会のあり方と行政組織との関係を中心に聞き取りを中心に研究し、災害後に解散した商店街や、外部企業との連携によって再建した商店街など、さまざまなケースがあることが明らかになった。その違いがどこから来たかを明らかにすることの解明を、現在めざしている。
研究分担者の黒崎は、福島県いわき市や浪江町、岩手県釜石市や大槌町で調査を行い、被災後の宗教者の行動について新たな知見を加えることができた。菊池は宮城県山元町での研究を継続すると同時に、岩手県宮古市や大槌町で調査を行い、復興のための地域社会や学校、行政の連携について新たな理解を得た。伊東は、福島から全国に避難している自主避難者の行動パターンを明らかにするとともに、彼らに対する支援者の取り組みや活動内容について分析した。
今後は、これまでに得られた知見をより広げかつ深めていくために、本研究に欠ける他分野の研究者との研究会や共同研究を実施していく予定である。