国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

川西民族走廊・チベット文化圏における少数民族言語の方言調査と地域言語学的研究(2007-2009)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 鈴木博之

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究では、中国四川省西部「川西民族走廊」におけるチベット語・川西走廊諸語の方言調査を通じて未記述言語の記録・データベース化を行い、かつ言語地図を作成し言語学の観点から諸言語の歴史的相互関係を明らかにすることを目的とする。まず、フィールドワークによって未記述の方言データを収集し、現状より詳細な方言データベース作成を行い、言語分布や方言区分について理解を深める。特にチベット語については村落単位で方言の実態を把握し、歴史的発展についての考察を加える。考察方法には各種方言の地点・形式を視覚化できる言語地図を用いた方言地理学の手法を主体的に用いる。将来の微細言語地図作成に向けての広域言語地図の作成を念頭におき、俯瞰的立場からチベット語方言の形成に対する理解をより深める。加えて研究対象地域の言語について約250年前に作成された文献《西番譯語》記録言語と現代諸言語との関連に焦点を当て、現代語の方言形式と対照し、その歴史的変遷を考察する。これらの作業を通じて、諸言語・諸方言の形成過程が現状以上に理解できるようにする。

活動内容

2009年度活動報告

本年度の研究内容は、(1)フィールドワークによる未記述言語の資料収集、(2)丁種本《西番譯語》に記録される言語の分析、(3)上記(1)(2)の資料のデータベース化、(4)チベット語方言地図の作成と分析、の4点に分かれる。
1.5回の短期間の現地調査を通じて、新たに15種類のチベット語未記述方言(巴青沖倉方言、攀天閣嘎嘎塘方言、香格里拉吉迪方言、東旺勝利方言、燕門斯嘎方言、丁青方言、巴青本塔方言、格咱浪都方言、察隅方言、サンダン方言、塔城柯那方言、天祝天堂方言、九寨溝中査方言、九寨溝上四方言、九寨溝隆康方言)に加え、5種類の四土ギャロン語未記述方言(新格方言、集沐方言、巴底瓊山方言、巴底木蘭方言、巴底木納山方言)の資料を収集した。このほか、ニャロン・ムニャ語(甲拉西方言)の記述も集中的に行なった。また、以上の言語が話される地域に近い地域で話されるナシ語、リス語、ジンポー語、ラチェイッ語、ロンウォー語の音声・語彙資料を収集した。
2.《西番譯語》〈川一〉および〈川七〉の内容のデータベース化を通じて分析の基盤を整え、それに基づいて〈川七〉に記録されるチベット語方言の分析を進めた。
3.現地調査で得られた資料を帰国後そのつど電子化を行い、新たに収集したチベット語未記述方言の語彙については、優先的に整理および電子化を進めた。未記述言語の資料については、これまでに収集し電子化を終えている言語資料との対照を容易に行える形に整理した。
4.既存の言語地図データベースに新たに収集した方言データを加えて地点の充実を図るとともに、新しい地図の作成にも着手した。これらの基礎的資料をもとに、川西民族走廊地区におけるチベット語方言の分布をより詳細に把握することができるようになり、方言形成の過程について考察を進めた。
以上の研究の過程において得られた成果として、チベット語未記述方言に関する論文を10本、《西番譯語》に関わる論文を1本、川西走廊諸語に関する論文を2本発表し、本研究にかかわる口頭発表を7件、各種研究会・国際会議などにおいて行なった。

2008年度活動報告

本年度の研究内容は4点に分かれる。
1.現地調査による未記述言語の研究:
5回の短期間の現地調査を通じて、中国四川省西部を中心とする川西民族走廊地区に居住するチベット族の話す諸言語から、新たに7種類のチベット語未記述方言(霞若石茸方言、朋布西方言、牙衣河方言、八日方言、塔城方言、大寨方言、奔子欄書松方言)に加え、四土ギャロン語未記述方言1種(太平橋方言)、ムニャ語未記述方言1種(朋布西方言)、スタウ語未記述方言1種(木茹方言)の資料を収集できたほか、未記述言語ニャロン・ムニャ語(甲拉西方言)の記述も行なった。また、これまでに記述したことのある各種言語・方言についても、さらに詳しく記述を進めた。
2.丁種本《西番譯語》の研究:
18世紀の川西民族走廊地区の言語を記録している丁種本《西番譯語》の研究に関連する歴史資料を収集し、また《西番譯語》〈川一〉および〈川七〉の内容のデータベース化を通じて分析の基盤を整える作業に取り組んでいる。
3.上記(1)(2)の資料のデータベース化:
新たに収集したチベット語未記述方言の語彙については、整理および電子化を終えた。また、丁種本《西番譯語》の電子化も引き続き行っている。
4.チベット語方言地図の作成と分析:
既存の言語地図データベースに新たに入手した方言データを加えて充実を図り、新しい地図の作成にも着手した。以上の研究で得られた成果として、チベット語未記述方言に関する論文を7本、言語地図を用いた論文を3本、川西走廊諸語に関する論文を2本発表し、チベット語方言研究にかかわる口頭発表を7件、国際会議において行なった。加えてチベット語24方言の基礎語彙集を公開した。

2007年度活動報告

本年度は、中国四川省西部を中心とする川西民族走廊地区に居住するチベット族の話す諸言語から、 チベット語の方言を主たる対象として5回の短期間の現地調査を行い、未記述の方言資料を収集した。 そのうち1回は北京・故宮博物院も訪問し、18世紀の川西民族走廊地区の言語を記録している丁種本《西番譯語》を閲覧し、 今後の研究の基礎的資料の収集も行った。本年度の調査では、新たに計13種類の未記述方言の語彙及び基礎構文の資料を得ることができ、 10種類以上の方言について追加の言語資料を収集することができた。故宮博物院では、当初の予定にあった9種類の丁種本《西番譯語》のほか、 《西番館譯語》についても閲覧でき、それぞれ書写することができた。
フィールド及び文献の各調査で得られた資料は、帰国後そのつど電子化を行い、すでにチベット語未記述方言の語彙についての電子化を終えた。《西番譯語》については現在電子化を行っている。未記述方言の資料については、これまでに収集し電子化を終えている言語資料との対照を容易に行える形に整理し、また作成済みのチベット語方言地図に新たな資料を追加した。これらの資料をもとに、川西民族走廊地区におけるチベット語方言の分布をより詳しく把握し、形成過程についての考察を進めた。その過程において得られた成果について、未記述方言に関する論文を4本、言語地図を用いた論文を1本、《西番譯語》関連の論文を3本発表し、チベット語方言研究と川西走廊諸語の研究にかかわる口頭発表を1件、チベット語方言研究にかかわる口頭発表を1件、それぞれ国際会議において行った。