国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

宗教と移動をめぐる人類学的研究:現代中国の越境的ムスリム・ネットワーク(2019-2022)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究 代表者 奈良雅史

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、中国内陸部から沿岸部にアラビア語通訳として出稼ぎに行く回族と呼ばれるムスリム・マイノリティの動きに焦点を当て、中国政府による「一帯一路」構想の推進に伴う中国とイスラーム諸国との間での経済交流の促進が人々の移動の活発化し、イスラーム復興を促進してきたプロセスを明らかにし、宗教とモビリティをめぐる理論的モデルを提示することである。
以上の目的を達成するため、以下の課題に取り組む。①回族の出身地でのイスラーム復興の状況と沿岸部への出稼ぎの実態の解明。その際、宗教活動および出稼ぎに大きく影響する中国共産党の宗教政策および経済政策の実施状況についても明らかにする。②出稼ぎ先でのトランスナショナルなムスリム・コミュニティの実態とそこでの宗教実践のあり方の解明。③回族出稼ぎ労働者の出身地における彼らの出稼ぎ経験がイスラーム復興に与える影響の解明。④モビリティに関する理論的研究。

活動内容

2020年度実施計画

当該年度は、中国浙江省義烏市におけるムスリム・コミュニティに焦点を当てた調査研究を進めてきた。しかし、宗教と移動をめぐる諸問題を明らかにするうえで、ムスリム出稼ぎ労働者の出身地の社会状況および出稼ぎによる出身地への宗教的、経済的影響についても明らかにする必要がある。そのため、次年度以降は義烏市における出稼ぎ労働者の出身地における調査を実施する計画である。また、当該年度は、口頭発表を中心に研究成果を発表してきたため、来年度以降はその内容をブラッシュアップして論文など出版物として発表していく。

2019年度活動報告

本研究の目的は、中国内陸部から中国沿岸部にアラビア語通訳として出稼ぎに行く回族と呼ばれるムスリム・マイノリティの動きに焦点を当て、中国政府による「一帯一路」構想の推進に伴う中国とイスラーム諸国との間での経済交流の促進が人々の移動の活発化をもたし、イスラーム復興を促進してきたプロセスを明らかにし、宗教とモビリティをめぐる理論的モデルを提示することである。
当該研究目的を達成するために、2019年度、報告者は中国浙江省義烏市においてフィールドワークを実施した。義烏市はイスラーム諸国からの商人と中国国内のムスリムの出稼ぎ労働者が多く集まる国際商業都市である。そこで報告者は多様な出自を持つムスリムたちからなるコミュニティのあり方を明らかにしようと試みてきた。
改革開放以降、義烏市には日用品の卸売市場が設けられるとともに、中国における主要な輸出基地のひとつとして位置づけられ、義烏市は多くの国や地域との交易を担う国際的な商業都市として発展してきた。そのなかでも特にアラブ諸国との取引が多く、アラブ人商人が義烏市の国際化に大きな役割を果たしてきた。こうした状況下、回族をはじめとする中国国内のイスラーム系少数民族もアラビア語通訳やハラール産業に商機を見出し、出稼ぎにやってくるようになった。先行研究では、その結果、義烏市にはイスラーム信仰を共有するトランスナショナルなムスリム・コミュニティが形成されてきたと論じられてきた。しかし、本研究で明らかになってきたのはこうした多様な出自を持つムスリムたちが宗教性を必ずしも共有しておらず、凝集性の高いコミュニティを形成しているわけではないということである。
当該年度は、こうした状況を踏まえ、必ずしも宗教性を共有しない多様なムスリムたちがいかなる関係性を築いてきたのかを検討してきた。その成果は、国内外の学会での口頭発表および共著などとして発表した。