国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

肉食性動物のドメスティケーション:毛皮産業近代化における人と動物の関係の変化(2019-2022)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究 代表者 大石侑香

研究プロジェクト一覧

目的・内容

中世以降に拡大する世界的な毛皮交易は野生毛皮動物の乱獲と資源枯渇を招いた。これを受けて19世紀には毛皮として価値の高い肉食性毛皮動物の家畜化が進み、世界商品としての毛皮の生産方法が狩猟から飼育へと移行する。本研究の目的は、どのように野生毛皮動物の家畜化が行われ、人と動物の関係にどのような影響を与えたかについて解明することを目的とする。具体的には、ミンクやキツネ、タヌキを対象に、①19世紀以降に日本と北ユーラシア、北米において肉食性毛皮動物の家畜化を経て近代毛皮産業(生産・流通・消費・装いの文化)が展開する経緯、②それによる人間の動物観・行動ならびに毛皮動物自体の身体・行動等の変化を解明し、超域的な人と動物の相互関係の移り変わりの過程を文献と民族誌的調査により明らかにし、越境的・歴史的観点から検討し、毛皮と人のグローバルヒストリーとして表す。

活動内容

2020年度実施計画

2020年度は、引き続きロシアと日本において以下の現地調査を行う予定であるが、新型コロナ感染拡大の影響により中止する可能性が高い。
予定する調査の内容は、具体的に、ロシアでは、かつて毛皮交易の中心地であったイルクーツクと現在の毛皮生産・加工の拠点であるノヴォシビルスクとモスクワの毛皮獣飼育場および加工工場において調査を行い、ロシアの毛皮産業史と技術史を明らかにする。日本では、かつてミンクやキツネ、ヌートリアの毛皮生産を行っていた北海道および新潟、タヌキ飼育の中心地であった北九州において現地調査を行い、日本の毛皮産業史と技術展開を明らかにする。
現地調査ができない場合は、先行研究の収集・整理と国立民族学博物館の毛皮資料研究、2019年度に収集した資料の精読・分析、論文執筆を行い、研究を進める。また、小課題として、国立国会図書館および日本毛皮協会において『毛皮ジャーナル』や毛皮産業関連の社史、農業政策等の資料を収集し、大正時代から始まったキツネ・タヌキ・イタチ飼育、戦後からのミンク飼育の展開過程を整理し、日本の毛皮産業全体像を明らかにする。

2019年度活動報告

初年度である2019年度は、ロシアと日本において文献資料・物質資料の収集および現地調査を行った。
2019年8月と2019年2月には、東シベリアのサハ共和国ゴールヌィ地区のある村落において、飼育技術と加工技術、流通、毛皮動物狩猟の現状について現地調査を行った。また、ヤクーツクのロシア科学アカデミー・シベリア支部の図書館および博物館等において毛皮交易と産業の歴史に関する文献資料を得た。さらに、ヤクーツクの二大毛皮加工場において現地調査を実施し、ロシアの毛皮流通と加工技術についての知見を得ることができた。3月には、日本の宮城県白石蔵王においてキツネの放し飼い飼育の技術について現地調査を行った。
これらの調査により、キツネ飼育における生殖介入では、人が選んだ雄キツネを雌キツネが拒否することが繰り返されており、雌キツネによる交配相手の選択余地が残されていること、また、キツネはクロテン等と比べ、新しい環境や習慣に早く慣れることといった、キツネのドメスティケーションに関する知見を得ることができた。さらに、現在のロシアの毛皮の流通に関して、サハのキツネ飼育の規模は縮小傾向にある点、毛皮の集積地がソ連期以降変化している点、冬用ブーツの素材となるトナカイの足の毛皮については西シベリア産のものがシベリアの各地に運ばれ加工されている点等の情報を得ることができた。2019年度にはロシアと日本の飼育技術は似通っているが、その後の産業の展開の仕方が異なることが分かった。それらを比較することで、社会的背景の観点から人と動物との関係の変化の特徴を考察していきたい。今後、これらの調査成果を分析し、論文を執筆していく予定である。