国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

多言語社会における移民言語状況と移民言語政策の国際比較(2008-2010)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 庄司博史

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、日本ではあまり注目されることのなかった移民言語に焦点をあて、社会言語学的立場から、その実態および移民言語政策に関し調査研究をおこなうものである。特に、都市の急激な多民族化のなかにおける移民言語による多言語性の維持と顕在化の状況、およびそのメカニズムを国際比較・コミュニティ比較によって、日本の特殊性・普遍性をあきらかにし、今後も増加することが予想される移民言語研究、言語政策研究に資することを目標とする。
これまで移民を住民として統合しようとする政策的観点からは、多文化主義・多言語主義といった政策理念による議論がおこなわれてきた。本研究では、こういった理論的考察に加え、ヨーロッパ・北米等で40年近く試行錯誤を繰り返しながら進行してきた多言語化の実態や移民とホスト社会間での具体的実践のなかから、示唆的な例を提示することを目標としている。具体的には、諸都市における移民の言語維持継続の実態に関する基礎的データの収集や多民族化が都市ごとに、いかなる可視的/非可視的な多言語化現象をともなうかについての具体的データの収集に基づく国際比較をおこなう予定である。

活動内容

2011年度実施計画

最終年度であるため、まとめの作業を視野にいれ、必要に応じ前2年にわたる調査地において補充、追加調査を実施する。年度の後半部分では研究集会を開催し、3年度にわたる調査を報告し、報告書作成の準備を開始する。
研究代表者は昨年に引き続きフィンランドで移民の言語使用・文化活動、言語教育の調査を実施。他のEU諸国にて、移民コミュニティの言語・文化活動の調査および国家、地域行政の支援活動を調査する。
分担者の渡戸: 過去2年間に行った調査結果のまとめを行い、2008年秋以降の世界金融危機の影響が外国人集住都市の外国人移民政策にどのような影響を与えているかという観点から日本国内南米移民集住地にて補充調査も行う。
分担者の平高:ドイツで2005年に始まった外国人統合コースにより外国人への現地語教育が強化されているが、現在、当初の第2言語習得、バイリンガル教育がいかに展開されているか、ベルリン、ニュルンベルクでの関係者へのインタビューで明らかにする。
【連携研究者】
井上史雄:昨年に引き続きハワイにおいて日系移民の言語状況の聞き取り調査を実施する。 ハワイでは現在も沖縄出身者の集団化がみられるが、ハワイ移民の供給地・故地である沖縄でその背景となる資料を調査する。
オストハイダ・テーヤ:2年にわたりドイツ・ノルトラインヴェストファーレン州学校・教養教育省で行った情報収集に基づき、本年度は当州が2007年に導入した就学前ドイツ語運用能力検定試験に焦点を当て、移民背景のある生徒・保護者の意識と、ホスト社会の生徒・保護者の意識をインタビューをまじえながら調査する。
イシ・アンジェロ:これまでは英語圏、スペイン語圏に移住したブラジル系移民の言語使用状況を調べてきたが、今年度は、ポルトガルに移住したブラジル人について参与観察およびインタビュー調査を行う。また、ブラジルでは、政府による在外ブラジル人への政策に関する最新のデータを収集する。
金美善:昨年に引き続き、アメリカ西海岸の公立学校や教会で韓国語を習うアメリカ生まれのコリアン児童、青年の二言語併用意識、能力などを調査し、メキシカン等移民への英語教育を中心とする統合政策を調査する。
藤井久美子:過去、神戸と長崎、バンクーバーにて中国系コミュニティーの言語使用や言語保持、言語習得などを調査したが、本年度は新たな知見を得るためにシンガポールにて元来から存在する中華系コミュニティーとニューカマーとの関係や双方の言語状況などについて現地で調査を実施する。
研究協力者としてP.バックハウスは前年度行ってきた東京等自治体の言語政策の資料調査とその分析に付け加えて、本年度はそれぞれの行政機関で、言語の選択、ローマ字表記の不一致などについてインタビューを実施し、言語政策の発展を遡る。窪田暁は昨年度、アメリカ・ペンシルバニア州のドミニカ系コミュニティにおいて、移民言語の調査票を使用したインタビューをおこなったのに引き続き、今年度もインタビュー調査をおこなう。国内においては、神奈川県愛川町のドミニカ人コミュニティの言語状況について継続して家族・学校・役場を中心に継続調査をおこなう。

2010年度活動報告

本研究は日本の多民族化において、移民との言語的共存の道を、海外の諸都市の行政や市民の対応との比較から探ろうとするものである。最終の22年度、研究代表者はフィンランド、スウェーデンで移民を対象とする行政による多言語サービス、高齢者移民ケアの調査を実施した。分担者の渡戸: 東海、東北の諸都市において自治体行政の多文化施策を調査した。分担者の平高:ドイツ連邦移民難民局等で移民統合コースに関するヒヤリングを実施した。 連携研究者・井上史雄:昨年に引き続きハワイにおいて日系移民の言語状況について聞き取り調査を実施した。オストハイダ、テーヤ:ドイツ・ヘルネ市において移民の就学前教育、および就学前児童の言語運用能力検定に関し調査をおこなった。イシ、アンジェロ:オーストラリアのシドニー市において、エスニック・メディアおよび政府の公共放送局の外国語放送に関する調査を行なった。金美善:韓国の都市部の労働移民と農村部の移住女性の言語問題、および行政や地域による彼らへの支援プログラムやその効果について調査した。藤井久美子:横浜、およびシンガポールにおいて中華系生徒、学生を対象とする言語教育についての聞き取り、資料収集をおこなった。研究協力者・P.バックハウスは首都圏の自治体の言語政策に関するインタビュー調査実施した。窪田暁は神奈川県愛川町のドミニカ人コミュニティの言語状況について、またアメリカ・ペンシルバニア州のドミニカ系コミュニティにおいて調査票を使用したインタビューをおこない言語使用の実態について貴重なデータを収集することができた。

2009年度活動報告

本研究は日本の多民族化に伴い、移民との言語的共存の道を探ろうとするものである。視点としては、海外都市の同様の現象との比較や行政的対応の方法に注目する。21年度、研究代表者はフィンランドでベトナム人移民を中心に言語使用・文化活動、言語教育の調査を実施した。分担者の渡戸: EU諸国の移民都市イギリス、アムステルダムにおける移民政策と移民コミュニティの調査を行い、とくに社会統合政策の現状と課題を研究者とのインタビュー、および集住地区観察にて把握した。分担者の平高:移民統合コースが行われているドイツの語学教育機関(成人学校など)を訪問し、聞きとり調査と授業見学を行った。連携研究者・井上史雄:ハワイにおいて日系移民の言語状況について聞き取り調査をし、20年前のデータとの比較を行った。オストハイダ、テーヤ:1昨年のドイツでの予備調査に基づき、移民生徒の言語意識、言語使用、ホスト言語習得へのモチベーション、それに対するホスト社会の意識について聞き取り調査を実施した。イシ、アンジェロ:ブラジルで在外ブラジル人に関する資料収集。ロンドンとマドリッドの比較を通して、欧州でのブラジル人移民の言語状況、文化・メディア活動を比較調査した。金美善:海外コリアンのバイリンガリズムに関し、アメリカの公立学校にて韓国語を習うアメリカ生まれの児童について、また移民のための英語教育を成人学級にて参与観察した。藤井久美子:継続中の各国の中華街における中国系組織の言語使用、言語教育比較調査の一環として、バンクーバーおよび日本国内にて調査を実施した。研究協力者・P.バックハウスは行政の多言語による外国人サービスについて東京、欧米などに関しインタビュー、インターネット調査を実施した、窪田暁は神奈川県愛川町のドミニカ人コミュニティの言語状況について、またアメリカ・ペンシルバニア州のドミニカ系コミュニティの調査を行い国際比較を試みた。

2008年度活動報告

本研究は日本の多民族化に伴い、移民との言語的共存の道を探ろうとするものである。視点としては、海外都市の同様の現象との比較や行政的対応の方法に注目するが、初年度の20年度は、今後の調査研究の予備調査も含めて、対象国家の基礎的なデータの収集や研究者との協力体制の構築につとめた。代表者の庄司はフィンランドにおける移民への母語教育に関する実地調査を基軸として、移民コミュニティの文化活動を2都市において調査した。研究分担者である渡戸はシドニー、メルボルン、ソウルにおいて移民の言語活動の状況や帰属意識、自治体の政策に関して調査をおこなった。おなじく平高はEUの多言語都市プロジェクトを推進してきた研究者Guus E.氏 を招聘し、欧州の移民言語政策、言語教育や移民言語研究に関し3回の講演会を開催し、研究交流に向けて基盤形成をおこなった。
連携研究者・協力者では、井上史雄は、関東の移民集住地において多言語表示、多言語サービス、母語教育の基礎データを収集し、多言語表示に関しては地理的情報と相関を調査しデータベース化のため整理作業をおこなった。オストハイダ、Tはドイツでトルコ移民を中心に言語使用・意識調査を実施した。イシ、アンジェロはサンパウロにおいて在外ブラジル人関係基礎資料収集し、ブラジルの日系人、北米でのブラジル人移民のメディアと移民作家を調査した。金美善は韓国では中国朝鮮族を中心とする移民言語状況について、米国ではコリアンの言語教育等について調査を実施した。藤井久美子は神戸、横浜の中国人に対し中国語、日本語教育活動、扶助組織の有無など言語維持・習得への影響を調査した。バックハウスは関東にておもに行政の多言語による対外国人サービスの調査を行い、窪田暁は東海地方・阪神間における南米移民の言語使用について予備調査を実施し、中米にてドミニカ系移民コミュニティでの言語維持状況の調査を行った。