国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中央アジアの越境空間における宗教復興の新たな展開(2010-2011)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|研究活動スタート支援 代表者 藤本透子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、体制移行と越境を経験してきた中央アジアにおける宗教復興メカニズムを、人類学的視点から明らかにする全体構想に基づいて行われる。グローバル化が進展し多文化状況にある現代世界を読み解く上で宗教は重要なカギといえるが、越境と流動化が進む中でなぜほかならぬ宗教が復興傾向を強めているのかは、未だ十分に解明されていない課題である。本研究では具体的に、中央アジアの地域大国カザフスタンを中心に、社会主義体制崩壊後に急速に拡大した越境空間における宗教実践(特にイスラーム)の多元的展開に焦点をあてる。とりわけ、ア)中央アジアから展望するモダニティと宗教の歴史的動態、イ)多文化社会のエスニシティと宗教実践、ウ)越境空間の拡大にともなう宗教復興の展開に着目し、中央アジアの地域社会に生きる人々にとって、ローカルかつグローバルに宗教を復興することの社会的・文化的意味を明らかにすることを目的とする。

活動内容

2011年度活動報告

中央アジアでは、社会主義体制から移行後20年間に、旧ソ連国境を越えた人・モノ・知識の移動が急速に増大した。その範囲は近隣諸国のみならず、東アジアから中東まで広がっている。越境の拡大の中で宗教が復興していくメカニズムを人類学的視点から解明する全体構想に基づき、現地調査・データ分析・成果発表を行った。
1.国境による地域社会の分断と、国境を越える展開するイスラーム:
モンゴル西部で現地調査を行い、ソ連・中国・モンゴルなど近代国家の成立によるカザフ人ディアスポラの成立、カザフスタン独立後のディアスポラの「帰還」、カザフ人の移動とイスラーム動態の関係性について、データを収集・分析した。中東諸国との関係構築について複数の国家のカザフ社会を比較検討した結果、政府機関及び民間団体による関係構築のあり方に国による相違が見られる一方、伝統をイスラームの教義に照らして再解釈しローカルな宗教実践の正当性を主張する現象は共通することが明らかになった。この成果は、アメリカ人類学会で報告し英語論文を投稿中である。
2.宗教復興にみられる越境性と地域性:
シャマニズムや仏教など他宗教の事例と対比させつつ、社会主義を経験した地域における宗教動態を分析した。その結果、越境性と地域性という相反する要素が、宗教復興に重要な役割を担っていることが示された。この成果は、民博共同研究会で報告し、単著にまとめた。また、第46回日本文化人類学会に分科会「社会主義をへた宗教の再構築―地域社会の分断/再編と越境からのアプローチ」として申請し採択された。
本研究は、国境を越えて展開する中央アジアの社会・文化動態を、宗教実践を中心に明らかにしたものである。その意義は、社会主義的近代化とイスラーム復興の関係性、国民国家の枠を越えて再編される地域社会の動態、グローバル化が進展する現代における宗教の再構築メカニズムの解明に寄与する点にある。

2010年度活動報告