国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

社会空間の動態と行為の演劇性をめぐる人類学的研究:ポリネシアにおける贈与の全体性(2013-2015)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 比嘉夏子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、ポリネシア地域における社会経済実践を(1)社会空間の動態と(2)行為の演劇性という新たな視角から分析し、人文・社会科学の中心的命題となってきた「贈与の全体性」を実証的に解明することである。本研究の遂行により、現代的な社会文脈の中で生きる島嶼民がいかにして全体的営為としての贈与経済を存続させてきたのか、その実践が明らかになると同時に、近年の知の潮流における贈与論再評価の動向や反功利主義思想に対して、実践的な参照枠組みを提供することが可能となる。
したがって本研究では、贈与論の主要な事例を提供してきたポリネシア地域を研究対象に、これまでの研究とは異なった新たな2つの視点を用いて現地における実践を検証し、贈与経済理論の新機軸を確立することを目指す。
理論と実践の間に存在する上述した矛盾を克服しそれら社会的実践の「全体性」へ接近する具体的方法論として、(1)ローカルな社会空間認識と、(2)そのような社会空間において顕在化する行為の演劇性に焦点をあてて考察を進める。これらの視点を導入することで、複数の参与者が集う場の相互行為力学と、そのような空間に深く滲透している演劇性とを解明することができる。そこから両者の統合的な理解が達成されることで、人びとの経済・宗教・政治などあらゆる諸実践を実践的な地平において有機的に統合する営為があきらかとなるだろう。それによってこそ初めて、先行研究において論じられてきた、対象社会を覆う「全体性」の本質を照射することができる。

活動内容

2015年度活動報告

 

2014年度活動報告

平成26年度は、a)2度にわたるフィールドワークを実施し、b)本研究課題とも関連する原稿を執筆および編集した。各々の詳細は下記の通りである。
a)1度目の海外渡航では、アメリカ・ハワイ州においてフィールドワークを実施し、(1)ホノルル市に在住するトンガ人コミュニティについて、キリスト教会における人びとの集会に参加し、宗教的実践における社会空間構成と振る舞いについて観察、記録した。(2)また人びとへのインタビューも実施し、母国トンガとハワイとを往来する様相と、ハワイにおける生活が経験的にどのような変化をもたらしているのかについて調査した。また、トンガを含むポリネシア地域の日常的な演劇性について、歴史資料を収集し、比較検討を行った。2度目の海外渡航では、ニュージーランド・オークランド市において、(1)トンガを含むポリネシア地域の日常的な演劇性とその歴史的変容過程について、オークランド大学図書館およびオークランド博物館資料室において、文献資料の収集と映像資料の検証を行いし、比較検討を行った。(2)またオークランド市郊外のマヌカウ地区に居住する太平洋島嶼民コミュニティについて、日常生活における相互扶助実践を調査した。また若者を中心とした犯罪対策やDVなど暴力抑止についてどのような教育、啓蒙活動が実施されているのか、聞き取りを行った。
b)研究業績「対他的な〈ふるまい〉としての粗放的飼育―トンガのブタをめぐる儀礼的相互行為―」では、人間と動物との関係性を探求する研究の一環として、トンガ王国の家畜飼養に焦点を当てて考察した。本研究課題でも鍵となる〈社会空間と人びとの行為へのミクロな視座〉を用い、家畜飼養の実践を捉えなおすことによって、ブタ飼養を人間とブタとの二者的相互行為のみならず、ブタを介在した人間同士の相互行為という重要な側面が明らかにされた。

2013年度活動報告

平成25年度は本研究活動の初年度として2度にわたる海外調査(計約3ヶ月間)を実施し、以下の主要な成果を得ることができた。
(1)トンガ王国における贈与・交換儀礼の調査では、村落部における葬儀や結婚式のありかたと、それに伴う贈与交換、また儀礼実践の現代的変容について、村落での聞き取りをおこなった。また首都においては、トンガの贈与儀礼および伝統的舞踊に関する歴史資料の収集と歴史性についての調査をおこなった。
(2)サモア独立国における舞踊や演劇の調査:毎年開催されるサモア文化の祭典Teuila Festivalに参加し、そこで演じられるさまざまなパフォーマンスを映像として記録した。
(3)ニュージーランド(オークランド)でオセアニア系移民によって開催される行事Pasifika Festivalおよび、ポリネシア系移民の学生たちが主催するPolyfestに参加し、移民コミュニティによるパフォーマンス実践に関して調査を実施した。ここでは特にトンガ人移民コミュニティのネットワークや母国との関係性維持についての調査を行った。
上記のフィールドワークで得たデータからは、とりわけ①において贈与交換儀礼に内在するパフォーマンス性が明らかになった。その一方で、(2)や(3)からは舞踊や演劇から現れる即興性や観客とのやりとりが占める重要性を指摘することができた。更にこの両者を照らしあわせることによって、一見するとその形態や目的を異にする各々の場面を、ある種の演劇性や即興性によって織りなされたパフォーマンス実践として包括的に分析することが可能となった。
本研究の成果については、年度内の研究会等においても積極的に発表してきたが、現在も『国立民族学博物館研究報告』への投稿論文および平成26年度内に出版予定の著書として出版の準備を進めている。