国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

現代ブータンの多元的宗教空間における仏教と屠畜に関する政治人類学的研究(2014-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 宮本万里

研究プロジェクト一覧

目的・内容

選挙人リストから全ての宗教者を排除し、仏教僧を政治領域から退出させたブータンの新制度の下で、仏教界は年法要での肉食忌避の提案や大規模な放生や灌頂儀礼の開催等をとおして社会文化領域での存在感を増している。そのなかで、ときに犠牲獣の供犠を伴う「野蛮」で「無慈悲」な土着の呪術や自然神崇拝は徐々に周縁化され、肉食や屠殺に対する忌避感は拡大しつつある。では、世界宗教としての仏教が地域の固有性を平準化する力をもつ中、人々はいかにして自らの慣習や価値体系を再構築しているのだろうか。本研究では民主化期ブータンにおける仏教界の位置づけを精査するとともに、特に屠畜の習慣と屠畜人をめぐる価値の競合過程を、畜産局、県議会、牧畜民や仏教僧などの多様なアクターによる相互交渉のプロセスをとおして描出し、新たな価値体系と社会階層が構築される契機を捉えていく。

活動内容

◆ 2016年4月より転出

2015年度活動報告

研究プロジェクトの二年目である今年度は、引き続き英国およびブータンでの資料収集とその分析、およびブータンとその周辺社会での現地聞き取り調査を中心に調査を進めた。
昨年度にまとめたブータンの民主化と宗教者の役割に関する研究ノートを大幅に発展させ、この国の新たな政治制度の特徴を公共性およびデモクラシーに関する議論に照らしつつ、隣国ネパールとの比較の視点を加えながら捉えなおした。この論考は英文書籍の1章として出版社に送付済みである。
また、仏教僧院による宗教活動の拡大が、屠畜を抑制し、放生と呼ばれる宗教行為を推進している点に注目し、モンゴルなどでの類似の宗教行為の拡大傾向も視野に入れながら、ブータンでの牛の放生実践の特徴を探った。その成果はドイツのエアフルトで開催された宗教史学会で発表を行ったほか、また経済開発・民主化における宗教の影響について分析した論考をイギリスのバースで開催された開発学会で発表した。
2月に実施した現地調査では、ヤクの放生が行われているブムタン県の村落での聞き取り調査を実施し、放生にかかわる複数のアクターと相互関係、そして放生に至る経緯を明らかにした。また同時に、最近ブータン国内で大きな議論を呼んだ屠畜場の建設とそれに対する反対運動に関連して、ブータン南部国境における精肉市場や家畜移動の動向を市場での聞き取りと統計資料の分析によって調査し、国境を越えた家畜の移動と国内における放生実践や仏教実践とのかかわりについて考察をすすめ、その研究成果をケンブリッジ大学およびロンドン大学UCLおよびSOASでそれぞれ研究発表を行った。

2014年度活動報告

本研究プロジェクトの一年目である今年度は、当該研究課題に関連する英国およびブータンでの資料文献調査、そしてブータン現地社会での聞き取り調査を中心に研究をすすめ、また研究課題に関するフィードバックを得るため国際学会における研究成果発表を積極的に行った。
資料調査では、2007年以来の民主化プロジェクトがブータン社会においてもつ意味を、政治領域における宗教組織の位置づけの変遷から明らかにしようと試みた。対象とした資料は憲法と選挙法、そして選挙委員会の通知およびレポート、そして現地の新聞等の言論界の出版物である。まずは、宗教者(Religious Personality)に参政権(選挙・被選挙権)を与えないとした憲法と選挙法の規定が、ブータン社会における「宗教」および「宗教者」の定義の問題となった過程を描き出した。そして、その過程でゴムチェンと呼ばれる在家僧らが村落社会において政治領域と宗教領域をつなぐ媒介者の役割を果たしてきたことに注目した。これら媒介的あるいは中間的な人材を許容しないというブータンの新たな状況は、政治の世俗化という概念に対する批判的な考察の糸口となった。これらの考察の成果は、宗教と政治的なものに注目する形でまとめ、雑誌『現代インド研究』に投稿し、掲載された。
また、村落社会における仏教の影響力の拡大に関して、屠畜従事者の社会的な立場の変遷から明らかにすべく、タシガン県のメラ・サクテン郡およびブムタン県において聞き取り調査を行った。これらの調査の成果は英国南アジア学会およびヨーロッパ南アジア学会において発表している。さらに、仏教による宗教空間の一元化が進む状況について、ボン教その他の信仰を基盤とする呪術や儀礼に関する知識の継承過程の変化を、そのツール(植物等)の収集プロセスから考察しようと試みた。これらの研究の成果は国際民族生物学会で発表し、好意的な評価を得た。