国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

国立民族学博物館研究報告

国立民族学博物館研究報告 2016 40巻4号

2016年3月31日刊行

バックナンバー

目次

 

40巻3号 All 41巻1号

概要

論文

 

 

博物館におけるLED照明の現状
―2015年夏 国立民族学博物館展示場での実験データから―
園田直子 日髙真吾 末森薫 奥村泰之** 河村友佳子***
橋本沙知*** 和髙智美****

 美術館や博物館においてLED照明を展示照明として導入する事例が,近年,増えてきた。しかしながら,博物館等でLED照明を用いるにあたっての明確な指針はまだなく,その選択基準は課題となっている。国立民族学博物館では,2015年夏,展示照明の全LED化が決定した。そこで,国内外9社から6社23機種を選別し,25測定の照明実験を実施したので,その結果を,実測値をもとにまとめる。なお,実験は,現時点でのLEDスポットライトの現状と傾向を明らかにすることが目的で,個別のメーカーや機種の優劣を論ずるものではない。
 照明実験では,同一条件下での光学特性(分光分布,光量子束密度,色温度,演色性を,それぞれ照度最大値,100lx,30lxで測定)と,目視観察による「もの」の見え方の評価をおこなった。LED照明が,紫外線や赤外線領域の波長をほぼ含まないことは,分光分布や光量子束密度からも確認できた。色温度は,市販の製品では3000Kが主流であったが,民族資料の展示を想定した場合,2700Kと3000Kを併用するか調色タイプがのぞましいというのが実験に立ち会った本館教職員の総意であった。また,これまでのLED照明では演色性が悪いことが課題であったが,ハロゲンランプの演色性に匹敵する高演色性のLEDスポットライトが製品化されていることが確認できた。調光機能は全調査機種で装備されていた。さらには,調色可能な機種,リモートコントロールできる機種など利便性の高い製品が市販されており,博物館で使用するにあたっての選択肢がひろがっている。本館では,これまでのハロゲンランプを対象とした技術的要件に,これらの結果を勘案し,新たに展示場照明のLEDスポットライトの選定にあたってもとめる性能の基本方針を策定した。
 LEDの開発はめざましいが,本稿は新しい製品を検討する際には基礎資料として活用できるものである。また,本稿は民族資料の展示を想定したものであるが,他の分野の博物館・美術館においても参考になる情報となっている。

1 はじめに
2 LED照明実験の概要
  2.1 実験の目的と対象機種
  2.2 実験方法
    2.2.1 各照明の光学特性の測定
    2.2.2 各照明下における「もの」の見え方の確認および記録
    2.2.3 特殊照明器具の見え方の確認
3 実験結果
  3.1 分光分布
  3.2 光量子束密度
  3.3 色温度
  3.4 照度
  3.5 演色性
  3.6 操作性
4 民博の展示で求めるLEDスポットライトの性能
5 まとめ
追補

* 国立民族学博物館 文化資源研究センター
** 国立民族学博物館 情報管理施設情報課
*** 公益財団法人 元興寺文化財研究所
**** 合同会社 文化創造巧芸

キーワード:LED,展示場照明,照明実験,光学特性,技術的要件

 

 

「アーティスト」として生きていく
―ナイジェリアの都市イレ・イフェにおける「アート」のあり―
緒方しらべ

 本稿の目的は,ナイジェリア連邦共和国の都市イレ・イフェの「アーティスト」であるコラウォレ・オラインカという個人をおもな事例とし,彼が「アーティスト」としてどのように生きているのかを,ナイジェリアの歴史的・社会的コンテクストに位置づけて明らかにすることを通して,アフリカにおける「アート」のあり方について考察することである。これまで,人類学は非西洋における芸術 / 美術 / モノの意味や社会的機能を明らかにしてきた。また,西洋と非西洋の不均衡な力関係を乗り越えようとする展示の試みも行ってきた。ところが,作品のつくり手である「アーティスト」が,地域社会,そして西洋近代のアートワールドという異なるふたつの要素と関わり合うなかで,そうしたつくり手の視点に注目して当該地域における「アート」が論じられることはほとんどなかった。これに対して本稿は,オラインカという個人のつくり手の生活世界とライフヒストリー,作品制作や販売のプロセスを分析し,考察することによって,彼が地域社会やアートワールドと関わりながら生きている様を明らかにしていく。

1 序論
2 イレ・イフェと「アーティスト」
  2.1 古都 / 地方都市イレ・イフェ
  2.2 複数かつ多様な「アーティスト」
    2.2.1 伝統首長制度と関わる
    2.2.2 アカデミズム,および美術市場と関わる
    2.2.3 イレ・イフェの一般の人びとと関わる
  2.3 小括
3 「アーティスト」になる
  3.1 児童期・青年期
    3.1.1 独学する
    3.1.2 オショボ派への弟子入り
  3.2 アカデミズムのなかで―大学教育
  3.3 フリーランスになって
    3.3.1 欧米のアートワールドのなかへ
    3.3.2 ドイツからの帰国後
  3.4 小括
4 作品をつくる
  4.1 つくり手による評価
    4.1.1 模写
    4.1.2 オラインカが選ぶ作品
    4.1.3 創作への好奇心と探究心
  4.2 周囲からの評価
    4.2.1 地域のパトロンを得る
    4.2.2 友人・知人,家族のまなざし
  4.3 小括
5 生活する
  5.1 助け合う
    5.1.1 オラインカの生計
    5.1.2 妻の協力
    5.1.3 教会における相互扶助
  5.2 同業者との繋がり
    5.2.1 「アーティスト」の協同
    5.2.2 「アーティスト」の組合
  5.3 小括
6 結論

* 日本学術振興会特別研究員PD,国立民族学博物館外来研究員

キーワード:芸術の / と人類学,アフリカ美術,アーティスト,ナイジェリア

研究ノート

 

 

イスラエル・ガリラヤ地方のアラブ人市民にみられる豚肉食の現在
―キリスト教徒とムスリム,ユダヤ教徒の相互的影響―
菅瀬晶子

 歴史的にパレスチナと呼ばれてきた地域に建国されたユダヤ人国家イスラエルには,2割程度のアラブ人市民が居住し,そのうち約8%をキリスト教徒が占めている。ユダヤ教徒やムスリムとは異なり,食の禁忌を持たない彼らは豚肉を食し,この地における豚肉生産・消費・流通をほぼ独占している。そのいっぽうで,豚肉食に嫌悪感を示すキリスト教徒もすくなくはない。聞き取り調査の内容からは,彼らの豚肉食嫌悪は比較的最近生じた傾向であることがわかる。そこにはムスリムやユダヤ教徒の価値観の影響もみられるが,もっとも大きな影響をおよぼしたのはイスラエルによるアラブ人市民に対する政策である。本来豚肉食は,キリスト教徒の主たる生業である農業と密接にかかわっていたが,軍政による農業の衰退や,豚肉食と密接にかかわっていた野豚猟の事実上の非合法化により,キリスト教徒の豚肉食観は大きく変化した。宗教的アイデンティティの根幹に深いかかわりを持っていた豚肉食への嫌悪感の増大は,キリスト教徒としての宗教的アイデンティティの損失をあらわしているといえる。

1 はじめに
  1.1 本稿の目的
  1.2 アブラハム一神教における豚肉食の宗教的規制と先行研究
  1.3 現在の東地中海地域アラビア語圏における豚肉食文化
2 イスラエル・ガリラヤ地方における豚肉の生産と消費
  2.1 ガリラヤ地方のアラブ人キリスト教徒を中心とした豚肉生産・消費
    2.1.1 イスラエルにおける養豚・豚肉産業の歴史
    2.1.2 アラブ人キリスト教徒を中心とした豚肉生産・消費
  2.2 豚肉を扱い,食すことに対する意識:アラブ人キリスト教徒の場合
    2.2.1 豚を決して食べない人びと
    2.2.2 豚を食べたことはあるが,常食しない人びと
    2.2.3 好んで豚を食べる人びと
  2.3 豚肉を扱い,食すことに対する意識:ムスリムの場合
    2.3.1 豚肉を常食するムスリムの事例
    2.3.2 ムスリムが豚肉を食べる理由
  2.4 豚肉食とロシア系移民
  2.5 狩猟と農業の衰退が豚肉食に与えた影響
3 結論:キリスト教徒のアイデンティティと豚肉食,歴史的パレスチナにおける豚肉食の今後

* 国立民族学博物館研究戦略センター

キーワード:イスラエル,キリスト教徒,ムスリム,ユダヤ教徒,豚肉食

 

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