国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

「日本を食べる世界」:アメリカ編 サンフランシスコのアニメファンと日本食

小谷幸子

どういうわけか、私は自分でも気づかぬうちに寄り道をしてしまう癖がある。癖というものは、そう簡単にはなおらない。フィールド調査に外国へ出かけても、本来たどりつくべき目的地は目の前の大通りにあるのに、気がつけば、横道に迷い込んでいる。そして幸か不幸か、いつもそこで期せずして、ゆかいな仲間たちにめぐりあい、おいしい食べ物に囲まれることになるから大変だ。思わず大通りに戻らなければならないことさえ、忘れてしまいそうになる。

サンフランシスコでの日本のアニメファンたちとの出会いも、まさにそんな感じだった。たまたま知り合ったコスプレの女子高生に、日本語の歌の作詞ができる人を探している新しい会社があるからと、あれよあれよと言う間に引き合わされたのが、立ち上がったばかりのアニメ関連製作会社。私と同年代のチャイニーズ・アメリカン二世の夫婦を中心に、日本のアニメの影響を受けた高校生や大学生のアーティストやシナリオ・ライターたちが米国産日本風アニメゲームの製作に取り組んでいた。ゲームの中身は米国国内のアニメファンを顧客ターゲットとしている関係上、基本的に英語だが、そこに出てくる登場人物の名前や、ゲームのバックに流れる音楽の歌詞などは全て日本語で、気分は日本のアニメといったところだ。スタッフの大半は広東語や韓国語などにも慣れ親しんで育ったバイリンガルのアジア系の若者である。反日意識が強く、教育熱の高い親の世代との関係において、アニメを志向することは至難の業なのだと皆、口を揃える。

研究者としてインタビューや資料収集もさせてもらうという交換条件で、よせばいいのにラブソングを含め3曲の作詞をすることに同意し、そして書き上げてしまった。さらにレコーディングにもくっついて行ってしまった。本業の論文はお尻を叩かれてもなかなか書けないのに、このような余計なことには手も頭も、そして足まで勝手に動きだす。それが世の常というものだと、またもや自分に都合よく悟って、この会社の人たちと付き合うようになるうち、日本製のアニメに描かれる日本の食というものが、彼女/彼らのもつ日本観や、それに基づいて生み出される「日本風アニメ」の世界にかなりの影響を与えているということに気づきはじめた。

[写真1]
[写真1] 日本料理屋で行われたスタッフ慰労会で注文された寿司の数々。私もすっかりご馳走になってしまった。
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[写真2] サンフランシスコの市街中心地からバスで15分ほどのところにあるジャパンタウン。20世紀のはじめには日本からの移民が多く集住していた。
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[写真3] ジャパンタウンで食べた、たこやきならぬ、にくやき。
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[写真4] サンフランシスコのジャパンタウンで毎年4月に行われる桜祭りは、いつも多くの人びとで賑わう。
オープニング・ソングの歌詞は、文法的につじつまをあわせる必要はないから、言葉で遊ぶ感じのポップな感じでお願いしますと依頼を受けた。さらに、スタッフのうちの一人が、「いただきます」という日本語を歌詞のどこかに入れて欲しいという。そのスタッフに「どうして『いただきます』なの?」と聞くと、アニメの声優さんのような声色で「いただきますぅ」と言ったあと、「かわいいから」と答えた。彼/彼女らの通常のやりとりは主に英語で行なわれているが、断片的な日本語が頻繁に登場する。なかでも、「いただきます」は、「おはよう」や「おやすみ」とともに、スタッフ同士のミーティングなどでもよく飛び交う言葉だという。必ずしも食べる前に限って用いられているわけではないようで、意味なく「いただきますぅ!」と言うこともある。ところが、日常会話に不自由しない程度の日本語を知る者となると話は別で、スタッフの中にはいなかった。日本に行ったことがある者もいない。それでも、はまち、うに、うなぎ・・・寿司は日本語でオーダーしてしまう。年末に忘年会を兼ねたスタッフへの慰労会がジャパンタウンの日本料理屋であったときは、座敷が予約されていて、前菜としてまず注文されたものが「まぐろのやまかけ」だった[写真1]。

彼/彼女らの日本の食に対する親和性や好奇心に圧倒されてしまいそうになることも何度かあった。ある日、私が大阪出身だということがわかった途端、スタッフ皆の表情がパッと明るくなった。そして、「弁当boxにたこやきを入れてもっていくんでしょう?」とニタニタ笑いながら聞くのである。サンフランシスコに来てまで、からかわれ上手になってはならぬと、めげずに「たこやき、食べたことあるんですか?」と平常心で質問しかえすと、「ある。ジャパンタウンで」という返事[写真2]。そういえば、確かに日系の商業施設が集まるジャパンタウンで私もたこやきを食べたことがある。いや、実質的には、それはたこやきではなく、にくやきだったのだが。桜祭りと呼ばれるお祭りの場においてであったが、中にミンチ肉の塊がたこ代わりに入っていたのだ[写真3、4]。ジャパンタウンでは、たこやきの鉄板も日本より安いぐらいの価格で売っているし、たこも日系スーパーに行けば容易に手に入る。寿司のメニューにも、たこはある。それでも、にくやきを売らねばならない背景には、たこを食べることに抵抗を示す人たちが米国において未だ少なくない現状があるのかもしれない。

「あずまんが大王」は、東京のとある共学高校に通う女子高生たちの日常を描いた日本製学園ギャグ漫画だ。スタッフたちと話していると、よくこの漫画の話が登場した。日本では最近ほとんどアニメを見ていなかった私だったが、この漫画のアニメ版北米バージョンのDVDを一緒に見る機会があって、ようやく、たこやき弁当という発想がどこから来ていたのかがわかった。このアニメには、大阪から転校してきたという理由だけで「大阪」と呼ばれている天然キャラ、春日歩が登場する。そして、この歩をめぐって「大阪人」→たこやき&お好み焼きという図式が繰り返し強調されていたのだ。さらに、お昼ご飯に手作りのお弁当を食べる高校生たちが頻繁に描かれており、スタッフたちの間では、“Bento Box”に対する想像が膨らんでいるようだった。「おにぎり」を食べてみたいと言うので、作詞した曲のレコーディングに立ち会う際、昼食のお弁当を私が皆の分、作って持っていくことにした。こんぶの入った大きなおにぎりに、卵焼き、野菜炒め、コロッケ、豚肉のしぐれ煮などを適当に詰めただけのものだが、喜んで食べてくれた。

ただ唯一、ルーシー(仮名)は豚肉とコロッケ以外、手をつけなかった。彼女は野菜や果物を一切食べないのだ。彼女は普段は中西部のイリノイ州に住んでいる。彼女の母親は香港からの移民二世としてのルーツをもっているが、アジア系の人などほとんど見かけないような町で肉とポテト中心の食生活をしながら育った。現在、大学生の彼女はディズニーアニメを小さい頃から兄弟とともに見ていたが、小学生ぐらいの頃からテレビで日本のアニメの吹き替え版が放送されるようになり、徐々に日本のアニメに対して関心をもつようになったという。それでも、彼女が育った環境はカリフォルニアと全く異なっていて、日本料理のレストランも数えるほどしかなく、同じように日本のアニメに関心をもつ友人を見つけることも一苦労だったという。そんな彼女が前々から試してみたかった日本食を初めて口にしたのは、大学に入って自分でアルバイトを始めてからだった。味覚に保守的な家族は日本食になど興味を示さないし、どんな味がするのかもわからないので友人も誘えなかった。結局、一人で昼食時に日本料理屋へ行き、その店が出していたランチ・スペシャルを頼んで食べてみたのだと話してくれた。

結局、私はまたもや寄り道をしてしまった。でも、レコーディング・ブースの向こう側でローマ字の歌詞片手に、流暢な日本語で歌うルーシーを見ながら、まあ、いいかと思えてしまう私は、フィールドワーカーとしてはこの上なき幸せ者である。