国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

新型コロナウイルス感染症拡大にあたっての館長からのメッセージ

[2020.05.06]新型コロナウイルス感染症拡大にあたっての館長からのメッセージ

新型コロナウイルス感染症の流行がなお止まりません。

 

このたびの感染症により亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたしますとともに、罹患され、回復をめざしておられる皆さまには心よりお見舞い申し上げます。また、医療の現場で、日夜この未知のウイルスに対処していただいている関係者方々には、衷心よりの敬意と感謝の意をささげます。

 

私ども、国立民族学博物館(みんぱく)では、感染拡大の阻止と「非常事態」の短期での収束をはかるという観点から、去る2月28日より臨時の休館を続けております。このため、3月19日より開催を予定しておりました特別展「先住民の宝」も、その開幕を延期しています。一日も早く、展示を再開し、多くの皆さまをお迎えできることを祈念しております。

 

私は近年、さまざまな機会に、人類の文明は、今、数百年来の大きな転換点を迎えていると申し上げてきました。これまでの、中心とされてきた側が周縁と規定されてきた側を一方的に研究し、支配するという力関係が変質し、従来、 それぞれ中心、周縁とされてきた人間集団の間に、創造的なものも破壊的なものも含めて、双方向的な接触と交錯・交流が至る所で起こるようになってきている、という意味においてです。そして、グローバル化の動きの中で、新型コロナウイルス感染症がほぼ同時に地球全体に広がるという事態に及んで、私たちは、今、人類がこれまで経験したことのない局面にいやおうなく立ち会うことになりました。
その状況の中で、社会に潜在していた差別意識が浮かび上がるとともに、私たちが現在の生活を送るうえで当たり前と思って来た慣行やルール、言いかえれば、人類が近代に入って作り上げてきたあらゆる制度や規範の成り立ちやありようが洗い出され、その意義と存在理由が改めて問われることになっています。いわゆる近代世界システム、グローバル化といった現象をはじめ、国民国家、民主主義、国連やWHO, IOCなどの国際機関、学校、病院、監獄、企業、物流、娯楽、情報メディア。ここに、オリンピック、博物館・美術館といった装置はもちろん、点呼やハンコによる押印の慣行というのを含めてもよいでしょう。私たちには、「コロナ後」に、その一つ一つについて取捨選択をしつつ、新しいシステムを築き上げるという作業が待ち構えているのかもしれません。今、まさに、私たち人類の叡智が問われています。

 

人類史上、文明の転換点には、常に感染症の拡大がかかわっていました。そもそも、文明の発生による定着した大規模な人間集団の形成が、感染症の流行の土壌を形成したのは間違いありません。紀元前後のイエス・キリストの事績を記す新約聖書には、イエスが行く先々で、病に伏す人びとの姿が描かれ、イエスによるその癒しの様子が記されています。読みようによっては、聖書は、感染症の蔓延の記録であったとさえいえるかもしれません。6世紀のコンスタンチノープルのペストの流行は、東ローマ帝国の衰退と地中海世界でのイスラームの伸長の契機となりました。さらに14世紀のペストのヨーロッパでの流行は、農奴制=封建制の崩壊とキリスト教会の権威の失墜を招き、ヨーロッパ中世の終焉と国民国家の形成、科学への信頼に基づくルネサンスの勃興、そして近代世界システムの成立につながっていきます。一方、感染症への抗体をもつ勢力の拡張は、抗体をもたない地域の文明の滅亡を招きました。新大陸(アメリカ大陸)におけるアステカやインカの滅亡がその例です。
第一次大戦末期の1918年から19年にかけて流行したスペイン風邪(インフルエンザ)は、アジアとくにインドやアフリカなど植民地でも猛威を振るい、世界全体で死者数5000万人から1億人の被害をもたらしたとされています。ちなみに現在の新型コロナウイルス感染症の確認された罹患者数は約325万人、死者23万人とされます。第1次大戦期の大きな被害については、軍隊の列車での移動や塹壕・兵舎での生活による「三密―密集、密閉、密接」の環境,戦時下での情報の秘匿――(参戦していないスペインだけがこの情報を開示したために「スペイン風邪」の名が定着することになりました――などが感染症拡大を助長したことは想像に難くありません。
史上最悪のパンデミックとして記憶されるこのスペイン風邪ですが、その世界全体での規模の蔓延には、2年の月日を要しています。今回の新型コロナウイルス感染症の地球規模での拡大に要した日数は、数か月。しかも、情報システムの世界大の広がりにより、その感染症の拡大がリアルタイムに周知されます。私が、「人類がこれまで経験したことのない局面に立ち会っている」と先に申しあげたのは、これらのことから来ています。

 

人類を危機に陥れるこうした感染症には、ひとつ、共通性があります。それは、その多くが、人獣共通感染症、とくに人間以外の動物由来の感染症だという点です。自然界の動物を宿主とし、被害を及ぼさずに生存してきた微生物が、何らかの理由による環境のかく乱を契機に、家畜や家禽そして人に侵入してひき起こす感染症です。ペストはネズミ、インフルエンザはアヒルなどの水禽、SARSはハクビシン、エイズはサル、そして今回の新型コロナウイルスの場合は、コウモリに由来すると推定されています。
そもそも私たちヒト自身も大量の微生物を体の中に宿すことで生命を維持しています。ヒトや動物と細菌やウイルスは、通常の状態では、いわば平衡を保って共生していると考えたほうがよいのでしょう。ときとして、そうした微生物はヒトの世界に侵入し、大規模な感染症を引き起こしますが、時間とともに平衡を取り戻し、ヒトと共生する存在になってきたのは、これまでの歴史が示す通りです。ワクチンや治療薬の獲得といった要因も考えられますが、ヒトの側の集団免疫の獲得や、細菌やウイルスの側の生存戦略もかかわっているのかもしれません。これからは、感染症の問題を考えるときも、あるいは文明の問題を議論する際にも、人間の社会や歴史だけでなく、動物、植物、さらには細菌、ウイルスまでも含めた「生命圏」全体を視野に入れたうえでの検討が必要なのだと痛感します。
それに関連して、気がかりなのは、現在、新型コロナウイルス感染症についての各方面での議論を見るとき、「未知のウイルスとの戦い」や「ウイルスの撲滅」「人類の敵」など、戦争に関わる用語が頻繁に用いられることです。そうした語彙を援用することで、「非常事態」(日本では「緊急事態」という言葉が選ばれています)が宣言され、国境封鎖や入国拒否、都市封鎖など、私たちがはじめて経験する、「他者」を阻害する措置も各国でとられてきています。その動きの中で、感染の拡大する国や地域の出身者、罹患者やその家族、さらには医療関係者とその家族にまで、差別的なまなざしや暴言、対応、時には暴行にさえさらされるという事態が生まれています。
一方で、経済活動の停滞による生活の危機が広がる中、職業の別、正規社員・非正規社員といった勤務形態の区別による補償の格差も問題になっています。
感染しても無症状のまま感染を広げてしまうことがあるというのが、この新型コロナウイルスの特徴です。誰もがかかり、誰もが人に移す可能性のある感染症。その治療薬やワクチンの開発が追いつかない今、感染拡大を阻止するには、人と人との接触の機会を制限するほかありません。だからこそ、私たちは、自身と自身の周りの人たちの命を守るために、力を合わせて耐え忍んでいます。この状態が、将来に向けて、人と人の協働の証(あかし)であれこそすれ、人と人の分断を進めるものにならないよう、心を砕いておく必要があるように思います。「非常事態宣言」延長下での人びとの忍耐の限界が迫る中、社会の、いや世界の隅々にまで目を配ることが、為政者にも、また生活者としての私たちにも求められています。 「自己」と「他者」の区別。それは、人間にとって、あるいは生物にとって、最も基本的な認知の機制であるに違いありません。ただこの区別は、とくに人間の場合、いともたやすく「他者」の差別や排除の論理にも転化しうるものです。それだけに、私たちには、常にこの自他の区別に意識的であることが求められます。とりわけ、人と人のつながり、地域と地域のつながり、国と国のつながりという、人類が営々として築いて来たあらゆる慣習やシステムが一時的にせよ無化されるというこの事態に直面し、「コロナ後」に新しいシステムをひとつひとつ作り上げることをまぬかれない今、自他の区別の問題を問いかけることが、これまで以上に切実に求められているように思います。
私たちが、今もし、戦わないといけない相手があるとすれば、それはウイルスではなく、私たちの内にある「自己」と「他者」の区別の陥穽(おとしあな)、人類全体、あるいは生命をもつ者全体としての共感を阻(はば)む思考のあり方ではないでしょうか。
感染の拡大の速度がようやく落ちてきたとみうけられる今、これを常態として、この新型コロナウイルスと付き合っていく方法を編み出す必要があるのだと思います。未曽有の状況の中で、テレワークの有効性が確認される一方で、実際に、顔を合わせ、人と人の直接のふれあいの中でしか実現できない事象も、浮かび上がってきています。現状を冷静に受け止め、そのうえで未来を見据えて対応する叡智が、この人類史上未曽有の局面に居合わせた私たちに、求められています。

 

2020年5月5日

国立民族学博物館長:吉田憲司