国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from California 2010年6月18日刊行

岩佐光広

● ステンドグラスと仏像

アメリカ合衆国には世界各地からやってきた難民が多く暮らしているが、そのなかにラオス人が含まれていることは意外と知られていない。1960年代から70年代にかけてのラオスは、内戦とインドシナ戦争、社会主義体制の成立と動乱の最中にあった。この時期に多くの人々が居住地を離れ、国外へと脱出した。彼らの主な受け入れ先の一つがアメリカであり、現在では30万人を超えるラオス系の人々が暮らしているといわれる。

2010年2月、ラオス人が多く暮らすカリフォルニア州を訪れた。そのとき、知人のカムラさん(彼女も難民としてアメリカにやってきた)が、リッチモンドにあるラオスの仏教寺院に連れて行ってくれた。その日はちょうど「ワン・シン(仏日)」。人々が寺院に詣で、喜捨をし、功徳を積む日である。この日も、正装をしたラオス人がたくさん訪れていた。経をあげ、喜捨をし、終わると皆で食事をとる。その風景は、ラオスとそれほど変わらないように思えた。

しかしながら、どうにも違和がある。それはどうも建物のせいらしい。疑問に思いカムラさんに尋ねてみると、この建物はもともと教会だったもので、それを譲り受け、仏教寺院として改装したものなのだそうだ。言われてみれば、金色の仏像が置かれている脇のガラス窓はステンドグラスである。年配の人たちが腰掛けている部屋の後ろにまとめて置かれた長椅子は、まさに教会に並ぶそれである。カムラさんに「気にならないの?」と尋ねると、彼女は「ボーペンニャンドーク!(気にする)」と笑って答えた。

「難民」と聞くと、どうしてもその辛さ、大変さに意識が向いてしまう。確かに、ラオスを脱出し、難民としてアメリカにやってきて、そこで暮らしを続けてきたこれまでの人生は、多くの困難があったと彼らはいう。けれどもその人生は、同時に、異なる文化や宗教を有する人たちのなかにとびこみ、文化的な創造力を発揮し、しなやかに生きてきたものでもあったのではないだろうか。その一端を、ステンドグラスを通る日差しに照らされた金色の仏像と、そこに集う人々の笑顔に垣間見たように思えた。

岩佐光広(研究戦略センター機関研究員)

◆関連ウェブサイト
Center for Lao Studies
Vientiane Times(ラオスの代表的な英字新聞)
外務省ホームページ