国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

地球環境史の構築に関する人類学的研究

共同研究 代表者 池谷和信

研究プロジェクト一覧

目的

本研究会では、歴史生態学に焦点をおいて地球環境論の立場から人類史を復元することから、環境問題の根元の問題を把握し、その要因を分析することを目的とする。

現在の人類は、その総数が約60億人に達し、1億3000万平方キロメートルの地球空間に暮らしている。また、途上国を中心として近年の人口増加は激しい。このような状況のなか、21世紀の人類は、地球上内の限られた自然資源を分かち合いながら、自然と共存していかなければならない。このため、21世紀の時代にとって、地球と地域とはどのような関係を築き、いかなる調和をとったらよいのかが最重要課題である。この共同研究では、このような問題意識のもとに、地球上の人類と環境との歴史的かかわりあいを把握することから、重要課題に挑戦する。

同時に、近年の人文科学のなかで環境史の研究が活発になっている。欧米などでは環境史学会が成立しており、環境の歴史に関わる学際的な研究が進められている。しかし、わが国の環境史に関しては、各分野でばらばらに行われており、共通のテーマのもとで議論することはあまりなかった。本共同研究会では、人類学の研究者を中心に据えて、歴史学、社会学、地域研究の研究者をくわえることで、新たな環境学の創造が可能となる。

成果報告

近年の人文科学のなかで環境史の研究が活発になっている。欧米などでは環境史学会が成立しており、環境の歴史に関わる学際的な研究が進められ、東南アジアやアフリカなどの各地域単位で環境史研究の成果が出ている。しかし、わが国の環境史研究に関しては、各分野でばらばらに行われており、共通のテーマのもとで議論することはあまりなかった。そこで本研究会では、文化人類学(民族学)の研究者を中心に据えて、歴史学、考古学、地理学、社会学、地域研究の研究者をくわえることで、新たな環境史学を創造するための基盤をつくることができた。

具体的には、歴史生態学、環境考古学、人口史と疾病史、地域研究の視角を中心として(1)「環境史の最新動向の整理」、(2)「文明と環境史」、(3)「自然資源と商品世界」、(4)「自然景観の歴史的変化:森・砂漠・海」、(5)「環境保全の思想と人類の未来」というようなサブテーマを設定することで、『地球環境史』という新たな学問領域を確立できるのではないかという見通しを得ることができた。

現在、多くの分野において研究の細分化が進み、お互いの会話が難しくなっているが、地球環境史という新たな分野は、これまで人間中心に築き上げられきた歴史観を再考するにとどまらず、ローカルな研究をより大きなスケールのなかで位置づけることで、現代の地球環境問題が生まれた際の根っこの部分を解明することができるだろうという確信を得ることができた。

なお、地球環境のなかで草原やサバンナでの牧畜に注目した自然と人とのかかわりあいの研究は、2005年度に『Pastoralists and Their Neighbors in Asia and Africa』 Senri Ethnological Studies no. 69. (eds. with Elliot Fratkin)として出版されており、アフリカの環境史に関する研究は、のべ約900頁にわたる『朝倉世界地理講座-大地と人間の物語-』(佐藤・武内との共編)の2巻本のなかのいくつかの章で論じられている。

2007年度

1年間当たりに共同研究会を4-5回、開催する予定である。平成18年度の報告では、「海」、「森」、「砂漠」の環境史に焦点がおかれていたので、本年度は、それぞれの生態地域での環境史的事例と地球全体との関係について議論を深めていく。場合によっては、特別講師を招へいして、研究報告をしてもらうことになる。本年度は最終年度に当たるために、本として出版できるような内容の質の高さと全体の構成に配慮を加えながらまとめていく。本研究会の成果が、日本の環境史の研究や地球環境問題の研究をすすめる際の一つの到達点になることを目標にする。

【館内研究員】 印東道子、樫永真佐夫、南真木人
【館外研究員】 赤嶺淳、秋道智彌、石弘之、市川光雄、上田信、海上知明、岡部篤行、小椋純一、金沢謙太郎、小林茂、佐藤廉也、嶋田義仁、下山晃、田中耕司、縄田浩志、本郷一美、水野祥子、安田喜憲、山越言、脇村孝平
研究会
2007年6月30日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
梶浦岳「キルギス共和国における山地放牧地の利用」
コメント:吉田世津子
水野祥子「イギリス帝国から見る環境史(仮題)」
田中耕司「東南アジアにおける自然資源利用の環境史(仮題)」
2007年7月28日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 第6セミナー室)
本郷一美「狩猟採集から農牧社会へ:環境史の視点(仮題)」
佐藤廉也「小規模生業社会の人口誌とその環境史的意味」
2007年11月10日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
渡辺和之「ヒマラヤにおける草地と森林の環境史-農耕空間の辺縁部における牧畜-」
コメント:岩田修二
山越言「西アフリカのサバンナ・森林遷移帯の環境史-原植生という幻想の行方-」
水島司「南インドの環境史-18-20世紀における土地利用と社会の変化-(仮題)」
コメント:中里亜夫
2008年2月23日(土)13:30~19:00(国立民族学博物館 大演習室)
増野高司「焼畑の変容と環境史」
コメント:中野和敬
縄田浩志「外国人労働者との共同作業による環境保全:サウディ・アラビア西南部レイダ自然保護区における放牧を考える」
コメント:平田昌弘
赤嶺淳「ナマコをめぐる環境史」(仮題)
研究成果

本年度の研究においては、地球環境史の研究をすすめる際には生業や経済と密接に関係している資源利用や土地利用の把握が必要であることが確認された。また、原植生という幻想がどうして現在まで流布してきたのか、ナマコをめぐるエコ・ポリティクスを事例としてとりあげることから、ローカルな人々を含めて、誰のための生物多様性であるのかについて考察がなされた。

2006年度

1年間当たりに共同研究会を3-4回、開催する予定である。2年度は、人類史的および空間的に各地域の事例を紹介して論議をすすめていく。東南アジア、南アジア、アフリカ、ラテンアメリカ、オセアニア、日本などの環境史的事例と地球全体との関係について議論を深めていく。地域によっては、特別講師を招へいして、研究報告をしてもらうことになる。

最終年度は、成果報告のためにまとめの段階に入る。この段階には、本として出版できるような内容の質の高さと全体の構成に配慮を加えていく。研究会の成果が、日本の環境史の研究や地球環境問題の研究をすすめる際の一つの到達点になることを目標にする。

【館内研究員】 印東道子、樫永真佐夫、南真木人
【館外研究員】 赤嶺淳、秋道智彌、石弘之、市川光雄、上田信、海上知明、岡部篤行、小椋純一、金沢謙太郎、小林茂、佐藤廉也、嶋田義仁、下山晃、田中耕司、縄田浩志、本郷一美、水野祥子、安田喜憲、山越言、脇村孝平
研究会
2006年7月1日(土)13:00~(第6セミナー室)
飯田卓「スワヒリ交易ルートの現在 ─ モザンビーク北部の実情から考える ─」
家島彦一「海域から見た歴史」(仮題)
秋道智彌「海洋世界の環境史:西太平洋におけるサンゴ礁活魚交易の連続性と断絶性」
2006年9月16日(土)13:30~(第6セミナー室)
板倉有大「縄文時代の生業と居住動態」(仮題)
下山晃「毛皮フロンティアと世界システム」(仮題)
金沢謙太郎「アジアと沈香-熱帯雨林の林産物利用の歴史-」
市川光雄「全体コメント」
2007年3月10日(土)13:30~(第6セミナー室)
池谷和信「海と森の環境史のまとめ」
上村明「牧地利用の歴史-モンゴル国西部地方を中心として-」(仮題)
堀信行「砂漠の空間構成と環境変動」
嶋田義仁「コメント」
研究成果

環境史には、3つの大きなアプローチがみられる。まず、インド洋海域の歴史や世界の毛皮交易の歴史などは、歴史学からのテーマである。しかも、その対象年代は、現代のみならず古代や中世の時代にもさかのぼって焦点がおかれる。つぎに、現代を対象にする文化人類学の視点である。この分野では、歴史学とは異なる時間スケールであるが、多民族状況のなかでの資源のあり方を動態的に把握することができる。この視点は、私たちの生活とも密接につながっており、将来のありかたを考えるヒントがみられる。最後に、数万年のタイムスパンで歴史を考えることのできる考古学の視点である。この視点は、環境と文明というようなマクロなスケールで対象をみる場合に有効である。このように、分野において環境史の扱う時間スケールは異なり、それらを学際的に結合することが困難であることが明らかになった。なお、最終年度は、成果報告のためにまとめの段階に入る。この段階には、本として出版できるような内容の質の高さと全体の構成に配慮を加えていく。研究会の成果が、日本の環境史の研究をすすめる際の一つの到達点になることを目標にする。

2005年度

【館内研究員】 樫永真佐夫、南真木人
【館外研究員】 赤嶺淳、秋道智彌、石弘之、市川光雄、上田信、海上知明、岡部篤行、小椋純一、金沢謙太郎、小林茂、佐藤廉也、嶋田義仁、下山晃、田中耕司、縄田浩志、本郷一美、水野祥子、安田喜憲、山越言、脇村孝平
研究会
2005年10月29日(土)13:00~(第6セミナー室)
池谷和信「研究会の趣旨・文化人類学と環境史」
石弘之「地球環境問題と環境史」
上田信「歴史学と環境史」
2005年12月10日(土)13:00~(第6セミナー室)
安田喜憲「稲作漁撈文明と畑作牧畜文明のエートス」
嶋田義仁「新「文明の生態史観」」
田中耕司「全体のコメント」
2006年1月28日(土)13:30~(第6セミナー室)
小椋純一「日本における植生景観の歴史的変遷」
脇村孝平「疫病のグローバル・ヒストリー-疫病史と交易史の接点-」
研究実施状況

1年間当たりに共同研究会を3回、開催した。初年度は、人類史的および空間的に各地域の事例を紹介して論議をすすめていった。東南アジア、南アジア、アフリカ、ラテンアメリカ、オセアニア、日本などの環境史的事例と地球全体との関係について議論を深めていった。地域によっては、特別講師を招へいして、研究報告をしてもらっている。各研究会が、日本の環境史の研究や地球環境問題の研究をすすめる際の一つの到達点になるように研究報告の内容の質には留意した。

研究成果

初年度は、文化人類学や歴史学や考古学などの各分野で使われている環境史という用語の整理をおこなうことで、学際的なメンバーから構成される本研究会の課題を明確にした。その結果、環境史のアプローチは、各分野によって内容が異なっており、わが国におけるこの分野の拠点的機関がないことから、この研究会では、文化人類学を中心とした広い範囲のネットワークづくりが必要であることがわかった。また、研究会では、文明論と環境史、病気と環境史、植生と環境史などのサブテーマを設けて、より深い議論をすることができた。その際に、日本、アフリカ、アジアなどの地域の違いを無視することができなかったが、3地域に共通するものも抽出することができた。

共同研究会に関連した公表実績

池谷和信2005「人為の加わった森の環境史」『季刊東北学』6:37-48.、東北芸術工科大学 東北文化研究センター