国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中東地域における民衆文化の資源化と公共的コミュニケーション空間の再グローバル化(2016-2020)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 西尾哲夫

研究プロジェクト一覧

目的・内容

「アラブの春」を主導した新興の都市部中流層が用いた「中間アラビア語」と呼ばれる新生の共通アラビア語は、新たなコミュニケーション空間を創出した。この空間では差異化された社会的アイデンティティ獲得をめぐり、グローバルな動向に感応する社会運動の場が確立しつつある。
本研究では、民衆、大衆、地域住民という概念の再構築を通じて彼らがグローバル化されたコミュニケーション空間に感応している状況を具体的に分析することによって、「中間アラビア語」が創出した公共的コミュニケーション空間において民衆文化が資源化されて公共性を獲得するプロセス、および個人が生きるローカルな生活空間とグローバルな社会空間が接合し、個々の人間の社会的動員作用として働くメカニズムを解明する。

活動内容

2020 年度実施計画

今後も研究方法を継続して課題の解明を図るとともに、研究成果の発信につとめる。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、(1)先発的なグローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、中間アラビア語の文献調査及び中間アラビア語による民衆文学に関する書誌的調査を継続して行う。(2)新生の共通アラビア語の現代的動態の分析として、カイロの都市部中流層の共通アラビア語の調査を継続する。(以上、西尾・中道〔研究協力者〕担当)
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)公共文化の創発プロセスの分析として、グローバル資源化した世俗文化として移入された空手が公共文化として変容する状況を継続調査する(相島担当)。グローバル化したベリーダンスの調査を行う(西尾担当)。中流層観に関する比較調査をエジプトとモロッコで行う。(齋藤担当)。(2)グローバルな問題に感応して公共的コミュニケーション空間変容の外部要因として働く事例分析として、中東地域と日本のグローバルな知識の還流に関する調査及びイスラモフォビア現象のグローバル化に関する調査を継続する(相島・西尾担当)。アラブ世界の公共的コミュニケーション空間の比較として、国民国家的統合性の高い公共的社会空間を構築してきたイランでの事例分析として、伝統文化の変容を継続して調査し、日本との文化的還流現象に関する調査を継続する(椿原担当)。
海外研究協力者を招聘して国立民族学博物館ならびに人間文化研究機構の「現代中東地域研究事業」との共催で国際シンポジウムを開催する。成果を取りまとめ学会発表や論文執筆を行う。※現在の世界状況に鑑み、上記の海外調査は調査者の安全を考慮し、調査地域や日程を変更する可能性がある

2019年度活動報告

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、『ガラン版千一夜物語』(岩波書店)の翻訳においてはフランス語原典初版を底本としたが、ガランが底本とした、中間アラビア語で書かれた15世紀のアラビア語写本と照合しながら作業を進めた。フランス語文献学および中世アラビア語文献学の双方からガラン版を再評価することで、新たな発見や新たな研究テーマの開拓につながった。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)オックスフォード大学中東研究所との共催で国際シンポジウム「Neither Near Nor Far: Encounters and Exchanges between Japan and the Middle East」(於・オックスフォード大学)を開催した。「Beyond Orientalism: Studying Belly Dance as a Globalised Cultural Phenomenon」と題した基調講演を行い、文化的な知識のグローバルな還流経路を探るにあたり、西洋を基点として行われてきた中東と日本の文化交流の様相について検討し、グローバル化論における新たな研究地平の開拓を目指した。(2)龍谷大学の協力のもとに国際ワークショップ「『シャルギー(東洋人)』上映ワークショップ」を開催し、「井筒俊彦と言語学―言葉・文化・思惟の関係性をめぐって」と題した基調講演を行い、現代言語学の知見から井筒俊彦の思考を解体し、言語と文化と思惟の関係性にかかる人文科学として再構築する可能性について提言した。

2018年度活動報告

本研究ではシンドバード航海記の成立過程に関する以下の研究項目を実施した。
1 写本の収集とその分類にかかる項目として、英国図書館所蔵写本を分析対象として書誌的データベースを作成し、あわせて当該写本の熟覧調査ならびに関連エピソードを含む物語写本の情報収集をし、アラビアンナイト所収のシンドバード航海記に関する書誌的データベースを作成した。
2 写本の校訂にかかる項目として、アレッポ・シリア正教会とトルコ・マルディン教会所蔵ガルシューニー写本の校訂を実施した。ペティス・ドラクロワ訳仏文写本の校訂のための補助作業として、著者のペティス・ドラクロワの著作物に関する錯綜した状況を整理し、その成果をフランス語論文として刊行した。
3 物語構造とその相関関係の分析にかかる項目として、ガラン版シンドバード航海記ならびにカルカッタ第二版等のいわゆる標準エジプト系伝承の物語構造との比較を行うために物語情報の整理を引き続きおこなった。
4 原テキストの復元にかかる項目として、校訂したアレッポ・シリア正教会所蔵ガルシューニー写本の分析を行なうとともに、とくに第7航海の物語の異同を分析するための物語構造にかかる情報整理をおこない、その成果を発表した。
5 研究成果をめぐる研究者との共有化の推進とその国際発信に関して特筆すべきこととして、平成31年2月に国際シンポジウムを開催し、国際シンポジウム「Polyphonie en littérature arabo-berbère de langue française(フランス語によるアラブ=ベルベル文学における多声/多言語性(ポリフォニー)」では、研究者だけでなくアラブ世界でフランス語による著作活動をしている作家を招聘し、グローバルな文学空間における個人の表象と多言語性をテーマにする問題提起となる発表をおこなった

2017年度活動報告

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、(1)先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、中間アラビア語で書かれたベルリン国立図書館所蔵アラビアンナイト写本を分析し、国際シンポジウムで口頭発表した。(2)新生共通アラビア語の現代的動態の分析として、エジプト映画「ヤギのアリーとイブラヒム」の上映会にあわせて、映画のセリフ等のスクリプトを分析した。映画監督のインタビューや映画の解説とあわせて現代中東地域研究資料として刊行する。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)公共文化の創発プロセスの分析として、グローバル資源化した世俗文化としてエジプトに移入された空手がフランスの移民の間で公共性を獲得している状況を調査した。フランスより若手研究者を招聘してアブダビにおけるカフェという公共的コミュニケーション空間に関する国際ワークショプを開催した。(2)グローバルな問題に感応して公共的コミュニケーション空間変容の外部要因として働く事例分析として、グローバルな知識の環流という観点から現代中東世界と日本との文化的関係について検討する国際シンポジウムを開催し、イランと日本との間の工芸品の還流現象についての発表等をおこなった。
研究成果の国際発信に関して特筆すべきこととして、パリ日本文化会館との学術協定によって現代中東地域研究事業との共催でグローバルな知識の環流という観点から現代中東世界における日本文化をテーマとした国際シンポジウムを開催したことがあげられる。

2016年度活動報告

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、(1)先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、中間アラビア語の文献調査によってケンブリッジ大学図書館所蔵の中間アラビア語民話写本を発見し分析をした。(2)新生共通アラビア語の現代的動態の分析として、カイロの都市部中流層の共通アラビア語の調査ならびに20世紀以降のマスメディア登場による新生共通アラビア語の大衆文学の調査によって、エジプトを代表する歌手ウンム・クルスームの英訳全歌詞集を刊行した。また中東世界の民衆音楽の現代的動態に関する研究論文集を刊行した。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)公共文化の創発プロセスの分析として、グローバル資源化した世俗文化としてエジプトに移入された空手がフランスの移民の間で公共性を獲得している状況を調査した。民衆/大衆という分析概念に関する文献学的情報収集による再検討として、フランスと日本の文化人類学における当該概念の異同について調査し国際学会で発表した。(2)グローバルな問題に感応して公共的コミュニケーション空間変容の外部要因として働く事例分析として、国民国家的統合性の高い公共的社会空間を構築してきたマッダーフ(宗教的哀悼歌手)の変容についてイランとアメリカ移民社会の比較調査をした。
研究成果の国際発信に関して特筆すべきこととして、現代中東地域研究事業との共催でグローバルな知識の環流という観点から現代中東世界における日本文化をテーマとした国際ワークショップ及び、フランス社会科学高等研究院との学術協定に基づいてパリで中東世界の民衆文化をテーマとした国際シンポジウムを開催した。