国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

セルロースナノファイバー塗工法による脆弱化した酸性紙資料の大量強化処理の開発(2018-2020)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 園田直子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

19世紀半ばから20世紀初頭の紙の大半は酸性紙であり、世界中で紙資料の保存が危機に瀕している。本研究では、脱酸性化処理に微細セルロースファイバー(FCF)による強化処理を併用することで、紙の劣化抑制および補強効果を同時に付与する新しい手法の実用化をめざす。このうち脱酸性化処理としては、日本国内で実用化されているドライ・アンモニア・酸化エチレン法およびブックキーパー法を用いる。
強化処理の手法としては、本研究チームのこれまでの研究から、フリース法(紙資料の欠損部分に薄い繊維の膜を架けることによって劣化した紙を補強する強化処理法)を改良することによってFCFを用いた経年劣化紙の強度向上を達成することが可能となった。本研究では、FCFをより効果的に塗布する手法を技術的に確立して、本強化手法の実用化をめざす。また、保存環境調査と環境改善を視野に入れることで、紙の保存と延命の問題に総合的に取り組む。

活動内容

2020年度実施計画

本研究代表者らは、ドライ・アンモニア・酸化エチレン(DAE)法またはブックキーパー(BK)法のいずれかの脱酸性化処理を施した自然劣化紙に湿潤処理を行い、サクションテーブル上で脱水後、紙表面に微細セルロースファイバー(FCF)塗工処理を施すと、紙の劣化抑制効果のみならず、自然劣化した紙の引裂強さや引張強さなどを向上させることを明らかにした。さらに、FCF塗工後の乾燥処理条件について検討し、比較的常温に近い40℃の乾燥温度で真空乾燥処理を施すことによって安定した紙表面に仕上ることに成功した。
これらの結果をふまえて、2018年度に、FCF塗工用小型サイズプレス(東京農工大学に導入済)を設計、試作した。塗工に用いるコーティングロッド(ワイヤーバー)に巻き付けるワイヤー線の直径、塗工の速度を変えることで、紙の両面塗工量を増加させることが判明した。
そこで2019年度、試験塗工として、DAE処理またはBK処理を施した自然劣化酸性上質紙に、1.5%濃度のFCF懸濁液を、直径300μmのワイヤー線を巻き付けたコーティングロッドを装着した小型サイズプレスを用いて、塗工速度4 m/minの条件で塗工したところ、FCF塗工量は、DAE処理酸性紙で約0.85g/m2、BK処理酸性紙で約0.73g/m2であった。FCF塗工紙の比引裂強さは、元の酸性上質紙に比べてDAE処理の場合には約1.1 mN・m2/g、BK処理の場合には約0.79 mN・m2/g、それぞれ上昇した。密封法による加速劣化処理を5日間行った後のFCF塗工処理紙の比引裂強さを元の酸性上質紙と比較すると、DAE処理では約1.1mN・m2/g、 BK処理では約0.90mN・m2/gの劣化抑制効果がそれぞれのFCF塗工紙で確認された。
2020年度は、異なるワイヤー直径のコーティングロッド、塗工速度、2本のコーティングロールの間隙、塗工用FCF懸濁液の濃度について、これらの塗工条件を組み合わせて、紙の両面に連続的にFCF塗工する最適な条件を見出すことを目標とする。さらには、FCF調製用原料パルプの種類、自然劣化紙の繊維組成及び化学組成の影響を検討することによって、実用化に向けた紙の大量強化処理法の確立を目指す。あわせて、開発された手法が文書資料等の文化財に安全に適用できるかの検証を重ねるとともに、保存環境調査を継続する。 

2018年度活動報告

セルロースナノファイバーなどの微細セルロースファイバー(FCF)塗布による強化処理では、研究代表者である国立民族学博物館の園田直子、東京農工大学の岡山隆之(研究分担者)、前高知県立紙産業技術センター所長の関正純(研究協力者)が、適宜、FCFの調製条件や塗布条件を精査し、研究計画の遂行を促進した。
経年劣化紙の強度向上処理に適したFCFの製造開発は、水中カウンタ・コリジョン装置(研究協力者の殿山真央が所属する高知県立紙産業技術センター既存設備)を用いて、東京農工大学研究分担者チームの岡山および小瀬亮太を中心に進めた。
FCF塗布実験は、東京農工大学研究分担者チームおよび当該研究室に所属する学生1名が担当した。FCF塗布実験は、劣化紙資料をドライ・アンモニア・酸化エチレン法またはブックキーパー法によって脱酸性化処理後、水で湿潤させた紙表面にFCF懸濁液を塗工し、真空乾燥する手法を検討した。また、FCF塗布による劣化紙の強化処理の実用化には、大量強化処理に向けて工程のシステム化、特に連続的で均質なFCF塗布を実施できる工程の設計が重要となる。そこで、紙を湿潤状態にした後、小型サイズプレスを用いて、2ロールサイズプレス方式によって紙の両面に均一なFCF塗液膜を作成する手法を検討した。
開発された手法が文書資料等の文化財に安全に適用できるかの検証に関しては、FCF塗工後の紙表面の状態を三次元画像データにより確認する手法を国立民族学博物館の末森薫(研究分担者)が検討した。園田と同館の日髙真吾(研究分担者)は保存環境の調査をおこなった。