国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

『千夜一夜』をめぐる写本・刊本の編纂過程と書物文化の諸相(2018-2022)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 中道静香

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、『千夜一夜/アラビアンナイト』の名で知られる物語集について、アラビア語の手写本および刊本の文献学的調査を行い、また編纂と流通に関する歴史的事実をたどることによって、この書物に対する東西の関わりを考察する書物文化論的試みである。世界には、製作地・製作年代・分量・内容の異なる多数の『千夜一夜』写本・刊本が存在するが、本研究では、代表的なアラビア語刊本と関連の深い「エジプト系写本群」(18世紀後半に成立)に焦点を当てる。具体的には、写本の校合や歴史資料の分析を通じて、(1) 写本の編纂・複製の過程と系統、(2) エジプトにおける写本製作の状況、(3) ヨーロッパ人による写本入手と各図書館に所蔵されるまでの経緯、(4) 写本が刊本として編纂・印刷される過程、等を明らかにし、本来口承で伝えられた物語を様々な形態の書物として生産・消費した、アラブ人とヨーロッパ人双方の営為を探る。

活動内容

2020年度実施計画

現時点では海外渡航の見通しが立たないため、今年度も海外での現地調査や資料収集が実施できない可能性がある。写本調査に関しては、できれば、所蔵館から写本のマイクロフィルムや画像データを取り寄せることで対処する。
令和元年度の調査・研究では、当初の予想とは異なる結果が出たが、新たな興味深い事実も判明した。追加調査を行い正確な情報を確認した上で、口頭発表もしくは論文の形で発表する予定である。『千夜一夜』写本の系統を考えるにあたっては、写本テクストそのものの分析と、写本をめぐる社会的状況の分析という、二つのアプローチを組み合わせることが不可欠である。今後は後者のアプローチとして、ヨーロッパの東洋学者・旅行者らの足跡や彼らと接点のあった人々と場所に関する情報もふまえつつ、写本群の説得的な全体像を示したい。

2019年度活動報告

本研究は、『千夜一夜/アラビアンナイト』のアラビア語手稿写本および初期刊本の系譜や、その全体像を明らかにすることを目的としている。前年度に引き続いて令和元年度は、一応の完成形とみなされている1001夜完結のエジプト系4巻本写本群(18~19世紀)に加え、これまで調査が手薄であった1001夜完結の3巻本諸写本(18~19世紀)にも注目し、その系統や他の写本群との関連性を探ろうと試みた。この目的のためすでに入手していたロシア国立図書館所蔵の3巻本写本の画像データを分析し、その結果、署名や日付は記されていなかったものの、筆跡によって写本作成者を同定することができた。またおよその作成年代も推定しうる。さらに調査の過程で、同系統の写本がもう一点存在することも判明した。所蔵館側の記録や情報が錯綜しており、各写本の書誌情報および両写本の関係性についてはさらなる調査と確認が必要であるが、これら2点の写本は内容的に、エジプト系4巻本写本群とも他の3巻本写本(2種類)とも、強い連続性・関連性が見いだせなかった。つまり、上記の写本群とは別系統の写本と考えられる。シリア系写本(15世紀頃)において300弱であった夜の数が、題名通り1001夜へ拡張されるまでには複数の試みがあった。本研究で調査した写本も、そのうちの一例と位置づけられ、ムフセン・マフディ(1994)らの先行研究が構築してきた『千夜一夜』写本の歴史に、新たな情報を追加するものといえる。

2018年度活動報告

平成30年度は、本研究課題にかかる2つの作業を主に行った。
一つは、かねてから継続している『アラビアンナイト(千夜一夜物語)』カルカッタ第2版を基にした、人名・地名・文化語彙インデックスの作成である。本インデックスは、アラビア語の見出し語約3000語に対して、英語の簡便な訳語とカルカッタ第2版における掲載頁を含むもので、出版に向けての版下原稿を準備しているところである。本体部分にあたる索引の第一草稿は出来上がっており、見出し語のカテゴリーや順序の見直し、英訳の適切さや誤植に関するチェック作業を現在行っている。また、この索引には2本の巻頭論文を掲載する予定にしており、筆者が担当する一本の英語論文を執筆した。
二つ目は、エジプト系写本(18世紀後半)の系譜に関する研究である。一般的な4巻本のエジプト系写本の他に、おそらくより古い段階の3巻本の写本が存在することがわかっており、後者系統の写本としては現在、完全写本と不完全写本の2点が確認されている(フランス国立図書館所蔵)。筆者は、これらと関連性があるかもしれない同じく3巻本の写本(ロシア国立図書館所蔵)に着目しており、内容の詳細な分析を行うため、同写本のデジタルデータを同図書館より購入した。今後は、まず3つの3巻本写本を比較し、内容の異同を明らかにする。そして、3巻本写本から4巻本写本への発展の経緯、さらには15世紀にさかのぼるシリア系写本との連続性について、考察を進めていく。