国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

現代イランにおける長期的紛争介入構造をめぐる殉教概念の変容と政治言説化の研究(2018-2020)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究 代表者 黒田賢治

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究は、イスラーム的理念に基づく政治社会運営の実施を標榜するイラン・イスラーム 共和国における殉教概念の社会・政治的変容について実証研究を行い、同国による周辺国の 紛争介入をめぐる社会的合意形成メカニズムについて明らかにし、中東地域における長期化する紛争構造の理解のための説明モデルを構築する。具体的には(1) イラン・イラク戦争の戦没者の記憶継承活動に焦点を当て、殉教概念の生活/社会空間への埋め込みを明らかにするとともに、(2)殉教概念の通時的な分析と半構造化インタビューを通じて、紛争状況の変化 に応じながら紛争を語るイデオムとして殉教がどのように政治言説化されてきたのかを明らかにする。そして(3)これらの実証研究結果を統合し、紛争介入を不可避とする社会的合意形成メカニズムを明らかにする。

活動内容

2020年度実施計画

令和二年度が研究計画の最終年度であることから、これまでの研究活動を総括しながら、研究成果全体を取りまとめた研究成果の発信に努めるとともに、総括することによって、付加的に検討すべき点を補足調査によって補完しつつ、今後より広角的な研究へと発展させていく方策について検討したい。
研究活動の総括として、平成30年度及び平成31/令和元年度の研究成果を統合し、また本年がイラン・イラク戦争および湾岸戦争から40年の節目を迎えるということもあり、書籍を念頭に学術書として一般公開の準備を進めていく。また昨年度に国内での研究集会で口頭発表を行ったが、令和二年度においては国際研究集会での口頭発表を行い国際的な成果発信を進めたい。
また平成31/令和元年度にいくつかの研究集会を他の研究事業と共同で開催し、国内外の研究者との積極的に交流し、今後の共同研究に向けて本研究についての意見交換を行うなどの準備を進めており、本年度においても本研究計画を持続的に発展させていく方策もまた模索するしかしながら、平成31/令和元年度末から世界的に新型コロナウイルスによる感染症の広がりによって、国内外での移動が困難になり、オンラインでの開催で対応する研究集会等がある一方で、開催を延期する研究集会がある。そのため研究成果発信ならびに補足調査に関しては、令和二年度が研究計画としては最終年度であるものの、次年度に繰越しをするなどの措置も視野に入れながら研究活動を推進していく。

2019年度活動報告

平成31/令和元年度においては、平成30年度の調査研究に基づく成果発信を行うとともに、現地イランの地方部の殉教者博物館をも対象に踏まえた聞き取り調査を実施した。また日本国内での本研究課題に関連した研究集会を他の研究事業と協力しながら開催し、本研究の将来的な発展に向けた準備に着手した。
具体的には、日本文化人類学会においては、イラン・イラク戦争の帰還志願兵による殉教者の取材活動について行ってきた調査に基づきながら、戦後のイランにおいて政治の場面で表出する情動と持続的支配構造との関係について研究報告を行った。また2020年年始にイランとアメリカとの緊張関係が急激に増すなかで表出した殉教言説を射程に入れた研究報告を所属機関内の研究集会で行った。
また12月半ばから年末にかけて、これまでテヘラン市を中心に行ってきた調査を、ガズヴィーン州、エスファハーン州ならびにマーザンダラーン州に拡大し、各地の殉教者博物館を中心に施設の運営の実施状況や、地方部での特色について焦点をあてた聞き取り調査を実施した。その結果、首都テヘランでの聖地防衛博物館などの施設が軍を含めた体制内の各関係機関によって展示等が拡充され、地方の大都市部では聖地防衛博物館が同様に整備されてきたことが明らかになった。また地方の中規模都市では殉教者博物館の整備が進められてきたものの、展示等については収集した遺品等を並べているだけでなく、実質的には博物館施設としては機能していないことが明らかになった。つまり地方中核都市と地方小規模都市では、殉教者をめぐって異なる事業が展開していることが明らかになった。
こうした研究課題に継続的に着手する一方で、今後本研究をイランという文脈だけでなく、第一段階として中東の他の社会やイスラームとの関係をめぐる共同研究へと発展させるための準備にも着手した。

2018年度活動報告

 本年度においては、隣地調査と文献調査を基軸とした研究活動を実施するとともに、小規模な研究会において率先して報告を行った。
より具体的に言うと、隣地調査についてはイランのテヘラン市の殉教者博物館(イラン・イラク戦争の戦没者を対象とした博物館)や共同墓地の殉教者区画で、博物館関係者や博物館を運営する財団関係者を対象に展示物の収集や展示の意図、さらには展示方法について聞き取り調査を行った。また共同墓地で殉教者区画に参る遺族や親類、さらには「参詣者」についての聞き取り調査を行った。他方、文献調査については、隣地調査時に収集したイラン・イラク戦争の回想録や殉教者の回想録の読解を進めた。さらにそれらの回想録がどのように消費されるのかという側面についても調査を進めた。
 また【現在までの進捗状況】で述べるように博物館の網羅的調査も含め、その都度実施している本研究に関連した研究活動について報告を行い、進めている研究内容について漸次ブラッシュアップを図るとともに、研究の方向性を再帰的に検討することができた。さらに本研究の対象が一連のイラン社会特有の事象である一方で、それらをイスラーム特有の言説、あるいは分派特有の言説として本質主義的な理解を図るのではなく、あくまで社会的な諸アクターの関係性のなかで言説として構築されてきたということを分析しているということを明らかにするために、一般向けの新書および研究者を志す可能性のある市民に向けた書籍の刊行を行った。