国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

タイにおける仏教僧ネットワークにみるコミュニティの編成過程に関する人類学的研究(2012-2013)

科学研究費補助金による研究プロジェクト|特別研究員奨励費 代表者 岡部真由美 

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、タイにおける仏教僧ネットワークを対象に、近代化・グローバル化が進行する現代世界においてコミュニティが動的に編成される過程を解明することである。より具体的には、第一に、1960年代以降の開発の進展とそれに伴う急速な社会変化を背景として、上座部仏教の僧侶たちが、国家・サンガ・地域社会という既存の脈絡を越えたネットワークを形成してきた歴史的経緯と現状を、第二に、僧侶たちが、ネットワーク外部の諸勢力、制度や集団との接合過程をつうじて創出する、価値や倫理ならびに共同性の特質を、北タイ地域を中心とする現地調査から明らかにする。これを踏まえ、本研究では、人類学および関連諸分野におけるコミュニティ研究の問題点を乗り越えることが目指される。

活動内容

2013年度活動報告

2年目にあたる本年度は、ローカルな地域社会における僧侶個人の実践が、仏教僧ネットワークという新たなコミュニティの内部で形成されつつある共同性といかなる関係をもっているのかについて詳細な民族誌的なデータを収集することを課題とした。これは、近代化・グローバル化が進行する現代世界におけるコミュニティの動的な編成過程を解明するという本研究の目的に対して、タイにおける仏教僧ネットワークに関する基礎的資料の収集に重点を置いた昨年度の研究成果を踏まえた課題である。
1.現地調査は、「北タイ・コミュニティ開発僧ネットワーク」に参加する僧侶たちのなかで、タイ北部チェンマイ県ウィアンヘーン郡に新たな宗教施設を創設した特定の僧侶個人に着目し、(1)2013年11月の10日間、(2)2014年2月~3月の21日間の計2回実施した。(1)ではカティナ儀礼(ヂュンラ・カティン)、(2)ではローカルな社会状況に特に留意し、聞き取りと参与観察による調査を実施した。調査から明らかになったことは、僧侶個人の実践は、第一に、仏教僧ネットワークをとおして他の僧侶やNGO関係者と交換・共有することで得られた知識や経験が断片的に用いられていること、また第二に、外部社会のなかでもとりわけ、首都圏女性を中心にローカルな地域社会を越えて広がる信奉者ネットワークの影響を強く受けていること、である。
2.文献調査では、現地調査の際に収集した、ヂュンラ・カティン儀礼に関する現地語資料(図書、論文、新聞記事)を読解し、現代タイ社会におけるこの儀礼の現状が把握できた。
3.研究成果は、昨年度までの調査研究結果を日本文化人類学会および国立民族学博物館共同研究会で口頭発表した。本年度の調査研究結果を、日本文化人類学会で口頭発表し、『国立民族学博物館研究報告』へ論文投稿するための準備をすすめている。さらに、博士論文をベースに、その後の調査研究成果をとりまとめた単著を刊行した。

2012年度活動報告

本研究の目的は、タイにおける仏教僧ネットワークを対象に、近代化・グローバル化が進行する現代世界におけるコミュニティの動的な編成過程を解明することである。より具体的には、1960年代以降のタイ社会における開発の進展のなかで、仏教僧が、国家・サンガ・地域コミュニティという既存の脈絡を越えて形成するネットワークに着目し、彼らが外部の諸勢力、制度や集団と接合しながら、価値や倫理を共有し、新たに創出する共同性を民族誌的アプローチから明らかにするものである。
初年度にあたる本年度は、まず、仏教僧ネットワークにかんする基礎的資料収集のため、2度の現地調査を実施し、北タイ・チェンマイ県を拠点に、バンコクおよび東北タイ(3県)にて、僧侶やNGO関係者らへの聞き取りを行った。その結果、(1)「北タイ・コミュニティ開発僧ネットワーク」は、特定の師弟関係に依拠しない僧侶から構成され、その活動を通じて理想の僧侶像を共有する点に際立った特徴を有すること、(2)個々の成員は、ネットワークへの参加によって、地域開発にまつわるさまざまな知識を獲得するとともに、それらと、地域コミュニティ内部の伝統的知識や技術、地縁・血縁関係、さらには地域を越えて広がる在家者のネットワーク等とを独自につなぎ合わせることで、「開発」活動を実現していること、が明らかとなった。
また、調査結果の分析と、上座部仏教とコミュニティに関する人類学の先行研究の検討とを行い、仏教僧ネットワークという新たなコミュニティを理解するために、今後は、コミュニティ内部における知識の伝達、コミュニティへの参加をとおしたカリスマ性の追求という僧侶個人の実践、さらには僧侶が属する他の複数のコミュニティ(サンガや地域コミュニティ)の重層性を把握することが必要であると分かった。
なお、これらの研究成果の一部は、論文2本と口頭発表2本のなかで発表した。