国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

『千一夜物語』仏語訳者マルドリュス再考――<遺贈コレクション>の分析を中心に(2014-2017)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 岡本尚子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

J.-C.マルドリュス(Josephe-Charles Victor Mardrus, 1868-1949)による『千一夜物語』仏語訳は、マラルメら当時の重要な文化人たちとの関わりや、「オリエンタリスム」流行の一翼を担っていたことなど、多くの文学的・文化的重要事項を含んでいる。しかしマルドリュス版『千一夜物語』は、翻訳元が不明であることなどから評価が低く、彼の全体像や、『千一夜物語』以外の著作物に関する研究は、ほとんど行われていない。よって本研究においては、国立民族学博物館が独占的契約を得て所有している、<マルドリュス遺贈コレクション>の使用を中心にして、(1)マルドリュスの著作物、及び多岐に渡る活動についての総合データを構築し、(2)マルドリュスを通じて、近代フランス文学・フランス文化を再検討することを、目的としている。

活動内容

2017年度活動報告

1.最終年度は以下の研究活動を行った。 (1)これまでに行った調査の結果をまとめ、更に現地調査を行って情報を補充しつつ、マルドリュスの生涯及び活動の全容を解明する論文を執筆した。(2)(1)の論文が掲載される予定のカタログの編集作業を行った。(3)『千一夜物語』関連の研究として、『千一日物語』の著者ぺティス・ド・ラ・クロワに関する調査を行った。同名の別人物による作品が、彼の作品とされていることも多いことから、フランス国立図書館所蔵のド・ラ・クロワと同世代に活躍していた書誌学者Abbe Philippe Drouynが執筆した未発表の手稿『ぺティス・ド・ラ・クロワの主要著書カタログ』を校訂し、発表した。(4)マルドリュスと同世代のフランス文化についての研究の一環として、「コンサート企画 音楽の旅Vol.4―ショパンとドビュッシー・所縁の地を巡って―」の監修及びプログラムノートの執筆を行った。
2.「マルドリュス遺贈コレクション」の利用およびフランス国立図書館等の現地調査によって、新たな情報を加えたマルドリュスの全体像と、彼が近代仏文学・仏文化に与えた影響が明らかになり、これまで評価が低かったマルドリュス版『千一夜物語』、及び『千一夜物語』以外の作品を含む彼の活動の重要性を証明することができた。この成果は、マルドリュスの生誕150周年にあたる2018年度中に、"Catalogue de Fonds Josephe-Charles Mardrus, traducteur des Mille etune Nuits"(仮題)として、フランスの出版社より出版予定である。

2016年度活動報告

1.多分野に及ぶマルドリュスの活動の意義を分析するために、以下の作業を行った。
(1)マルドリュスと交流があった作家・文化人の著作及びマルドリュスが関与した作品(挿絵、音楽、映画等)について資料の収集、調査を行い、データを作成した。・文学:マラルメ、ジッド、ヴァレリーなど。マルドリュスが折に触れて気に入った作品を書き写した「詞華集」について、大まかな内容を調査し、データを作成した。これは本科研の後の研究にも活かしていきたい。・美術:フランソワ=ルイ・シュミット(マルドリュス作品の多くの挿絵を担当)など・音楽:ラボー、オネゲル、カナル、その他。(2)それぞれの内容について考察を行った。本科研の研究開始以降、特に音楽作品については新たな資料の発見が多く、マルドリュスに関する重要な情報を加えることができた。
2.出版予定の「マルドリュス遺贈コレクションカタログ」の出版準備作業を行った。マルドリュスについての論文数点と、デジタル化した画像を豊富に含むカタログを、マルドリュスの生誕150周年にあたる2018年に、フランスの出版社から出版予定。
3.「千一夜物語」関連の研究として、「千一日物語」の作者であるぺティス・ド・ラ・クロワの「シンドバード航海記」の手稿について、調査・研究を行い、フランス・社会科学高等研究院で開催された国際会議において、発表を行った。
4.フランス文化に関する研究として、「コンサート企画 音楽の旅Vol.3-ピアノの詩人・ショパン-」のプログラムノートの執筆を行った。

2015年度活動報告

1.平成26年度に行ったマルドリュスの全著作概要に関する調査結果、及び、最初の妻Lucie Delarue-Mardrusの著作等の参考文献により、マルドリュスの生涯についての詳細な情報をまとめた。とりわけLucieの著作からは、マルドリュスの生涯についての新たな情報を多く収集することができた。
2.フランス国立図書館、Jacques Doucet文学図書館において、マルドリュスの書簡に関する調査を行った。それぞれの図書館が所蔵する、マルドリュス及びマルドリュス宛の書簡(ジッド、アポリネールなど)の一覧を作成し、調査開始に必要な情報を収集した。
3.フランス国立図書館所蔵の、Yvonne Desportes、Maurice Desrez、Rene Lenormand作曲の、マルドリュスの作品に由来する歌曲に関する調査を行った。これらの作品は、現時点までその存在が知られていなかったものであり、特に『千一夜物語』発表以降のマルドリュスの活動について、重要な情報をもたらすものである。また、『千一夜物語』に由来する曲の他、『シバの女王』による作品も複数あることから、マルドリュスの『千一夜物語』以外の作品の、当時の評価を伺い知ることができる資料でもある。
4.マルドリュスと同世代のフランス文化に関する事例調査の一環として、「音楽の旅~フランス音楽の世界~」「音楽の旅Vol.2~フランスの音楽シーンにおける外国人作曲家たち」演奏会の監修及びプログラムノートの執筆を行った。

2014年度活動報告

(1)マルドリュスの全著作についての概要を調査した。これまでに、国立民族学博物館においてデジタル化した「マルドリュス遺贈コレクション」中の、手書き及びタイプ打ち原稿に関して、その情報や内容を詳細に調査したうえで、情報を整理した。更に、それ以外の作品や、記事などマルドリュスの手によるものについても、遺族が所有している旧マルドリュス邸や、フランス国立図書館などで調査を行った。
(2)フランスにおける調査において、マルドリュスの姪にあたり、マルドリュスの遺品の所有者であるMarion Chesnais氏と面会し、情報収集を行った。その結果、マルドリュスと、ジッドなど著名な文人たちの書簡の存在が明らかになり、Chesnais氏よりその調査の許可を得ることができた。これは当初の計画にはなかった事項であるが、未発表の資料であり、この調査によってマルドリュスに関する情報の他、この時代の重要なフランス人作家についての情報を新たに得ることができるため、今後の重要なテーマの一つとして加える予定である。またフランス調査においては、現在入手が困難になっているマルドリュスの歌詞による歌曲の楽譜を入手することができた。この中には、これまで遺族のChesnais氏がその存在を認識していなかったものも含まれており、今後予定している「多分野におけるマルドリュスの活動の分析」に大いに役立つと思われる。
(3)マルドリュスが活躍した19世紀末から20世紀初めの、フランス文化の分析と検証の一環として、演奏会「フランスの風vol.4 詩人ポール・ヴェルレーヌ」の監修と、解説及び詩の翻訳をまとめたプログラムノートを発行した。この時代の文化人たちの関わり合いや周辺状況に関する情報は、マルドリュスの周辺の状況を解明する際に、重要な参考事例となった。