国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

巻頭コラム

World Watching from Paris 2006年9月14日刊行

齋藤晃

● 民博とFMSHとの研究交流

2004年12月8日、民博はフランスの人間科学センター(Fondation Maison des Sciences de l'Homme、以下FMSH)と研究交流に関する協定を締結した。この協定では、研究者の相互派遣、共同研究の立ち上げ、シンポジウムやワークショップの開催などが、両機関が協力して実施するプロジェクトとして挙げられている。わたしは、この協定に基づく派遣者の第1号として、2006年4月1日から6月30日までパリに滞在した。滞在目的は、わたしが代表を務める機関研究「テクスト学の構築」の国際的展開をはかるため、研究機関・研究者のネットワークを構築することだった。

FMSHは、フランス内外の人文社会科学の研究機関・研究者の相互交流を促進するため、1963年、歴史学者フェルナン・ブローデルの提案により創設された。既存のディシプリンや専門地域の境界を越えた交流を支援することが、当時もいまも変わらない使命である。FMSHは管理職を除いて専属の研究者を持たないが、フランスの大学等に所属する研究者が共同研究を組織したり、外国の研究機関や研究者と連携したりするための予算措置と制度的枠組みを提供している。FMSHはパリを初めとしてフランスの主要都市に拠点を持っている。パリでは、社会科学高等研究学院(Ecole des Hautes Etudes en Sciences Sociales、以下EHESS、以下EHESS)と建物を共有し、事務室や会議室のほか、充実した図書室を持っている。また、パリ市内にスュジェ館(Maison Suger)という外国人研究者用の宿舎を持っている。わたしもここの一室に滞在させていただいた。サン・ミシェルやサン・ジェルマンの界隈に近い格好の立地で、花の都のにぎやかな雰囲気を満喫することができた。

パリではもっぱら、EHESSの研究者と交流を持った。EHESSはFMSHと同じく人文社会科学の研究機関だが、専属の研究者を擁しており、彼らが学期中、週1回のペースでセミナーを開催する。セミナーには、研究者と修士・博士課程の学生が参加し、意見を交換し、議論を繰り広げる。EHESSの研究者はまた、ラボラトワール(laboratoire)と呼ばれる研究チームを組織し、共同研究を実施する。ラボラトワールには大学院生も参加し、研究の実践に即した指導を受ける。

わたしはパリ滞在中、機関研究とテーマが重なる歴史学、社会学、文化人類学、宗教学、古典学などの研究者のセミナーに参加し、また個人的にも打ち合わせをする機会を持った。趣意書を携えて面識のない人物と対面し、プロジェクトの趣旨を説明し、協力を求めた。国際的に名の知られた大家と向き合い、趣意書を持つ手が震えたこともあった。興味を示して協力を約束してくれる研究者に数多く出会えたのは幸いだったが、関心は共有しているが立場は異なる、あるいは、趣旨自体に賛同できない、という反応も少なくなかった。彼らとのやりとりを通じて、わたし自身もまた自分の立場を見直し、プロジェクトの趣旨を再考し、趣意書を書き直した。その意味では、研究上の関心に沿った有意義な研究交流ができたと考えている。

民博は従来、外国の研究機関に対して全方位的な外交方針をとっており、特定の機関と協定を結ぶことはなかった。もっともこの方針は、外国との研究交流が研究者個人のイニシャティブに任せきりになり、機関としての戦略に欠けるという弊害をもたらした。FMSHとの研究交流は、特定の研究者、特定のプロジェクトを超えた機関同士の関係構築の新しい試みとして、今後の展開がおおいに期待されるだろう。

齋藤晃(先端人類科学研究部助教授)

◆参考サイト
「フランス人間科学研究所との研究交流協定の締結について」
Fondation Maison des Sciences de l'Homme
機関研究「テクスト学の構築」