国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

みんぱくのオタカラ

ヤマナの樹皮舟の模型 2008年8月26日刊行

齋藤晃

この舟の模型は、みんぱくが所蔵する南米フエゴ諸島の先住民の唯一の工芸品である。関連情報には、東京大学理学部人類学教室から寄託されたとある。南米最南端の寒冷地に暮らす先住民の物質文化は決して豊かとはいえず、博物館の標本資料となる品は多くはないが、それにしても、なぜこの舟だけがはるばるここまで辿り着いたのか、不思議な気がする。

この模型は、材料と製法が本物と同じであり、しかもかなりの年代物である。おそらく、先住民自身の手になるのだろう。物好きな収集家に請われて作られたか、あるいは子供用の玩具なのかもしれない。

フエゴ諸島の先住民は、海洋の漁労を主生業とする「カヌーの民」と、陸上の狩猟を主生業とする「陸の民」に二分される。前者にはヤマナとカウェスカルというふたつの民族がおり、ともにクジラやアザラシを狩り、魚や鳥を捕まえ、貝や果実を採取していた。外部世界との接触により生活様式が一変する以前、彼らはこの模型と同じ樹皮舟を漁労に使用していた。

民博の関連情報では、この模型の使用民族は「ヤーガン」(=ヤマナ)と推定されている。カウェスカルも同じ樹皮舟を使っていたが、外部からの影響でヤマナより早く丸木舟、そして板を組み合わせた舟へ切り替えている。もっとも、ヤマナのあいだでも、樹皮舟が作られたのはせいぜい19世紀末までである。

フエゴ諸島の先住民が、樹皮を縫い合わせて舟を作った理由は、鉄器を知らず、石器の使用すら一般的でない状況下、それが最も効率のいい方法だったからである。舟の建造には、ブナ科の木の樹皮が側面用に2枚、船底用に1枚使われた。樹皮は表面を削られ、形を整えられたあと、舟の骨格をなす木の棒に縫い付けられた。船底の接合部には、水がしみこまないよう、コケや草、海草などが詰め込まれた。もっとも、樹皮舟の強度は低く、1年程度しかもたなかった。

企画展「ラテンアメリカを踏査する」では、20世紀初めにフエゴ諸島を訪れたドイツの民族学者が撮った先住民の写真が展示されている。それらの写真は、この舟の模型と同様、先住民のかつての生活様式の無言の証人として、われわれの想像力を刺激してやまない。

齋藤晃(先端人類科学研究部)

◆今月の「オタカラ」
標本番号:K4838 / 標本名:ヤマナの樹皮舟の模型

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高さ22cm、横幅19.5cm、奥行66.4cm、重量682g

◆関連ページ
企画展「ラテンアメリカを踏査する―写真で辿る黎明期の考古学・民族学調査」