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文化の創造と継承

(4)新たな伝統の誕生 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2016年3月31日刊行

吉田憲司(国立民族学博物館教授)


ジャック・イン・ザ・グリーンの行列=英ヘイスティングズで1991年、筆者撮影

英国海峡に臨むイギリスのヘイスティングズの町では、5月はじめの祝日、メーデーの祭りに、体全体を緑の葉で覆った、ジャック・イン・ザ・グリーンという仮面が登場し、町を練り歩く。

行列には、地元の「伝統舞踊」、モリス・ダンスのグループが付き従い、町の各所でダンスを披露する。二手に分かれた踊り手は、あるいはリボンを絡ませ、あるいはスティックを打ち鳴らしては軽やかに舞う。

祭りの最後になると、ジャック・イン・ザ・グリーンには槍(やり)が突き刺され、人びとはその体から木の葉や花を抜き取って家へ持ち帰る。こうして、「夏の精霊」が解き放たれるのだという。

5月1日のメーデーが「労働者の祭典」の日と定められたのは1890年のことである。それ以前から、5月1日は、「夏迎え」の日とされてきた。

ヘイスティングズのこの祭りは、19世紀末まで、町の煙突掃除人たちがメーデーにおこなっていた「夏迎え」の祭りを、1983年に地元のモリス・ダンスのグループが中心となって復興したものである。そこには、もはや煙突掃除人たちの姿はなかった。20世紀の末に、ジャック・イン・ザ・グリーンとモリス・ダンスを組み合わせたかたちで、またひとつ、新たな「伝統」が創造されたのである。

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