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ネパールの今昔

(1)東京オリンピック 『毎日新聞(夕刊)』掲載 2017年3月9日刊行

南真木人(国立民族学博物館准教授)


ファイティング・ポーズを取ってくれたタパさん=カトマンドゥで2014年、筆者撮影

1964年の東京五輪に、ネパール史上初めて出場したボクサーに会った。タパさん当時18歳。ネパール人選手6人中、存命の2人のうちの1人だ。タパさんは英国軍の傭兵として香港に駐留し、オーストラリア人からボクシングを習った。東京へは香港から軍用機で沖縄の米軍基地へ飛び、那覇から民間機で行ったそうだ。

試合について彼は「私はフライ級でした。対戦相手は前回のローマ五輪の銅メダリストだったアメリカの黒人選手で、私はレフェリーストップで負けた。相手の名前は覚えていない。その選手はベトナム戦争で戦死したと後日聞いた」という。

公式記録によれば、対戦相手はアメリカのカーモディという白人選手で、ローマではなく東京五輪の銅メダリストだった。タパさんは1ラウンド2分45秒にレフェリーストップで負けていた。対戦相手がベトナムで戦死した話はその通りで、67年に亡くなっている。

タパさんの昔語りから分かることは、人は自分がそう思いたいように過去を記憶し語る、ということだ。ボクシングでは「屈強な黒人選手」に負けたけれど、自分はこうして生きているという生の肯定とでもいえようか。

「2020年の東京五輪を見に行きたい。東京はどんなに変わっただろう」と話すタパさんは、次の東京五輪を楽しみにしている。

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