国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

第10回 全ロシア人類学者民族学者会議

佐々木史郎

2013年7月1日~2013年7月5日 (ロシア)

1993年から始まり、隔年を基本に行われてきたロシア人類学者民族学者会議は、今年20周年を迎え、10回目の記念大会となった。この大会において私は、本館と学術協定を結んでいるロシア科学アカデミーピョートル大帝記念人類学民族学博物館より、当博物館が計画しているセッションへの参加を呼びかけられた。そのセッションは『研究史と研究方法論』というシンポジウムの枠組みに組み込まれ たセッション31、「18世紀のロシア社会近代化におけるクンストカーメラと科学アカデミー」である。それは、18世紀に創立されたロシア科学アカデミーが、18世紀のロシアにおける学術調査研究に果たした役割と今日的な意義を問い直す内容で、代表者は人類学民族学博物館長のユーリー・チストフ氏と同博物館の博物館史部門長のマルガリータ・ハルタノヴィチ氏である。

2013年7月3日にロシア科学アカデミー本部(住所:ロシア連邦モスクワ市レーニン大通り32番、この建物に会議の主催者である民族学人類学研究所も入っている)の727番会議室にて、セッションが行われた。そこで報告者は「18世紀のアカデミーによる千島列島調査がアイヌ研究に残したもの」(原題は、Вклад к изучению по айнам: Русскими академическими экспедициями на Курильские острова в XVIII веке)という発表を行い、ベーリング、クラーシェニンニコフ、ステラーらをはじめとする18世紀のロシア科学アカデミーのメンバーによるカムチャツカ・千島調査が、その後のアイヌ研究に果たした役割と意義について述べた。彼らの調査そのものはロシアでは有名だが、それを国際的なアイヌ研究という視野から評価したのは今回が初めてである。

報告者の発表に刺激されて、人類学民族学博物館のメンバーから新たな事実も紹介された。すなわち、報告者が取り上げたJ. G. Georgiの編著(“Beschreibungaller Nationen des Rußischen Reichs,”1776)にある千島アイヌのイラストには、白描画があり、そこに着色して作成されたものであること、その人物が着用している衣装には元になった標本資料があり、それは18世紀のクラーシェニンニコフの調査によって収集された衣装であること、そしてその資料は現在人類学民族学博物館に保管されている木綿の衣装(халат 資料番号820-7/2)である可能性が高いことなどが判明した。今後は『夷酋列像図』など同時代に我が国で描かれたアイヌ像に関する製作過程や描法などとの比較により、18世紀のアイヌ文化の実像に迫るとともに、当時アイヌと接したロシア、日本の調査者たちのアイヌイメージについてもっと掘り下げること必要があると痛感した。

その他、シベリア関係のセッションに出席し、質問、コメントを行った。かつてロシア科学アカデミー民族学研究所はシベリア研究の世界的な中心だったが、ソ連崩壊後の混乱の中で、資金不足に陥り、満足な研究ができない状況におかれた。しかし、ロシア経済が持ち直した2000年代以後は、政府や民間の補助金を得て調査に赴く若手研究者が育ち、ようやく活況を呈してきている。今日の民族学人類学研究所(ソ連時代の民族学研究所)はロシアの民族学・文化人類学の研究センターとしての役割を取り戻し、シベリア研究でも先住民族のエスニシティやアイデンティティの諸問題、新たな宗教活動の問題、開発と伝統文化振興との両立の問題など現代的な諸問題に取り組む姿勢を見せている。しかし、ソ連民族学からの伝統ある歴史的な方法を用いた研究はほとんど見られなかった。