国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

2015年ネパール地震後の社会再編に関する災害民族誌的研究(2016-2018)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 南真木人

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、2015年4月25日に発生したマグニチュード7.8のネパール地震およびその復旧・復興のプロセスを契機に生起している、様々な立場の人々の様々なレベルでの社会再編を政府、政党、国際機関、NGOなどが取り組む支援の様態や言説と接合させつつ明らかにし、ネパール社会の包括的理解と災害人類学の発展に寄与するものである。被災以前の社会の階層性などの上に異なる被災の程度という要因が加わった様々な立場の人々は、今回の地震によって文字通り大きく揺さぶられた社会秩序をどのように組織化し、再構築しつつあるのか。これを村ないしはコミュニティのレベル、市民レベル、国政レベルで、また国境を越えるネットワークも視野に入れて検討することで、激動のさなかにあるネパールの現時点に関する包括的な理解を提示する。

活動内容

2018年度実施計画

本年度は、6月に国立民族学博物館において第3回研究会を開催し、班員それぞれが昨年度の調査研究の進展や知見・成果および今年度の研究計画を発表して議論する。最終年度にあたる今年度は加えて、成果報告の取りまとめに向けた計画も検討し、本年度の個々の調査研究もそれに従う形で計画立てるよう努める。
研究代表者と研究分担者は、7~10日ほどネパールの調査地を訪問し、「役割分担等」に記述した項目に関して、継続して調査する。現地では2018年2月現在、耐震モデル型住宅再建に対する政府からの補助金給付の期限が迫り、住宅再建が急ピッチで進められている。だが、住宅再建費を工面できていない世帯のほうが多く、また耐震住宅を施工できる技術者や作業員の不足から再建の順番待ちを強いられている世帯も少なくない。今後は一つの集落にあっても、自前で建てた仮設住宅に住み続ける世帯と住宅再建が達成できた世帯の二極化が進み、元々の社会的・経済的な格差が助長されたり、固定化したりする現象が見られるものと推測される。こうした一般的な状況を把握しつつ、班員はそれぞれの調査地域や対象において、地震後の復旧・復興過程がいかに動いており、そこに何があるいは誰がどのように関わっているのかを詳らかにする調査を実施する。
他方、研究協力者の本多和茂(地震後の植物遺伝資源の保護・保全)、橘健一(チェパン社会の再編)、渡辺和之(オカルドゥンガ郡の復旧)、古川不可知(シェルパの被災と復興)、鹿野勝彦(日本のNGOの支援活動)、ディペシュ・カレル(名和との共同研究)、丹羽充(キリスト教系NGOの支援)も、同期間程度の現地調査を行い、それぞれのテーマで研究のまとめに向けた調査研究を進める。
年度末の2~3月に国立民族学博物館において、成果報告としての論集出版に向けて、草稿を持ち寄った第4回研究会を開催し、個別ペーパーの事例および考察と結論に関して議論を深める。その際、それらが村ないしはコミュニティのレベル、市民レベル、国政レベル、また国境を越えたグローバルなレベルの何れに(複数もあり得る)関わる事例や議論であるかに注意を払い、本研究の開始時に立てた理論仮説「ネパール地震は社会の平等性(包摂の程度)を高める方向に作用した」の有効性をレベルごとに検証して、本研究全体を総括する。

2017年度活動報告

本研究の目的は、2015年4月25日に発生したマグニチュード7.8のネパール地震及びその復旧・復興のプロセスを契機に生起している、様々な立場の人々の様々なレベルでの社会再編を政府、政党、国際機関、NGO等が取り組む支援の様態や言説と接合させつつ明らかにすることである。2年目の本年度は、班員それぞれが、ヌワコート、シンドゥパルチョーク(南、佐藤)、ラスワ(渡辺、本多)、ゴルカ(小林)、カトマンドゥ(マハラジャン)、ラリトプル、バルディア、カイラリ(藤倉)、ソルクンブ(鹿野、古川)、カブレパランチョーク(丹羽)、ダディン(田中)、チトワン、マクワンプル(橘)、ドラカ(名和、カレル、藤倉)郡において20~30日程度の現地調査を行った。
調査では各地の復旧・復興過程における、被災者、被災地の国外在住者、宗教や人権、被災支援に関連するNGO、政府および地方自治体、非被災地の人びと、ODAや国際機関などの取り組みと役割および関係性の解明に焦点が当てられた。60万戸に上る全壊家屋の再建は、政府による耐震モデル型住居の提示・建築推奨とそれに従った場合のみ給付される住宅再建補助金の制度により、少しずつではあるが進んでいることが明らかになった。だが、被災以前の経済状況、支援してくれる海外やNGOとの繋がり、森林組合が管理する森林資源が豊富な所とそうでない所、トレッキング・ルートとそこから外れる所など初期条件の違いにより、復旧に大きな差が生じている。概ねどこも耐震モデル住宅を建築できる技術者や下働きの作業員が不足しがちで、住居再建の順番待ち状態が見られること、その日当も地域によって異なることが広域調査により判明した。他方、各地の避難キャンプは強制立ち退きされるなど縮小傾向にあるが、そこに留まる人びとのなかには起業したり、近隣の農地を買ったりなど定住化も進行している実態が把握できた。

2016年度活動報告

本研究の目的は、ネパール地震及びその復旧・復興のプロセスを契機に生起している、様々な立場の人々の様々なレベルでの社会再編を政府、政党、国際機関、NGO等が取り組む支援の様態や言説と接合させつつ明らかにすることである。今年度は、班員それぞれが20~30日程度、主に激甚被災郡であるカトマンドゥ、ゴルカ、ダディン、ラスワ、ヌワコート、シンドゥパルチョーク郡において現地調査を実施した。各地で復興における国際援助の在り方、政府の取り組み(給付金支給、耐震型住居の基準作成など)、NGOや宗教団体の支援、国外に住む親族ネットワークとの関係、地域住民の生活や行動、社会的弱者の境遇などについて調査した。
復興庁など行政サービスの停滞や遅延、耐震型住居の新工法を習熟した技術者の不足などから、地震後1年を経ても自前の仮設住居での生活が続き住居再建が進んでいない。他方で、一部では避難先での定住化が進み、離村(被災住居の放置)する世帯も現れており、被災地域の人口の流動化がより進んだことが明らかになった。地震以前よりネパールの中間山地帯では、国内外への移住労働が生業複合の一部に組み込まれている世帯が少なくなかったが、地震による生活基盤の破壊はその動きをさらに促し、過疎化(就労人口の流出)と呼べるような状況を生み出していることが窺われた。地震と復旧・復興の過程の研究は、ネパールの山村地域の将来と都市や国外への人口流出の問題を考えていく上でも極めて重要であることが展望された。