国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

社会をつくる芸術:「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」の人類学的研究(2016-2019)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究(B) 代表者 登久希子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

近年、貧困や紛争、気候変動、移民、過疎化といった「社会的な問題」に関わる芸術実践が世界各地でみられるようになってきた。「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」と呼ばれるそれらの試みは、「社会的な問題」の表象というよりむしろ何らかの現実的な変化や解決策の獲得を目指す芸術である。プロセスを重視し、近代西洋的な意味での「芸術」からは乖離していくように見えるそれら同時代の「社会的」な芸術実践は、完成した作品を前提とする既存の芸術の分析枠組みでは十分に論じることができない。「社会」を志向する芸術実践を論じるために、既存の「社会」と「芸術」概念を再検討し、フィールドワークに基づいた人類学的な芸術研究の方法論を提示することが本研究の目的である。

活動内容

2019年度実施計画

初夏に開催される学会でこれまでの研究成果に基づいた発表を行う。2019年度はこれまで続けていたアートプロジェクトおよびアーティストの最終的な調査を行い、年度末に予定しているワークショップと報告書の準備についても適宜進める。

2018年度活動報告

本研究は、現代美術の文脈において「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」や「ソーシャル・プラクティス」と呼ばれる実践を人類学的に再検討することを目的としている。現代美術における作品の形態は、絵画や彫刻といった従来的な「もの」とは限らない。とくに「もの」より「こと」として言い表されるような作品も多い。ここでは、そういったタイプの作品が作品として成立するプロセスに着目し、芸術の生成を人類学的に論じることを目指してきた。本研究で取り上げるような作品は、美術史や美術批評においても近年盛んに議論がなされ、とくに評価と分析のあり方が問題化されてきた。人類学的な観点からそのような議論に新たな視座を提供することを目指し、参加型アートのプロセス重視のあり方を芸術作品の譲渡不可能性という点から再検討している。
2018年度は文献研究、2016年度から継続して調査をしているアーティストにたいするインタヴュー調査を実施するとともに、研究会における発表を計4回と文化人類学会全国大会における分科会発表を行った。その後、分科会参加者で投稿論文を準備中である。これらの成果をとおして、西洋近代的な芸術のまわりで生じる矛盾と葛藤のあり方とその根拠について考察をつづけている。

2017年度活動報告

本研究は、現代美術の文脈において「ソーシャリー・エンゲイジド・アート」や「ソーシャル・プラクティス」と呼ばれる実践を事例に、社会や芸術といった概念を人類学的に再検討することを目的としている。本研究で調査してきた事例はいずれも、作品/プロジェクトの完成に複数の参加者を必要とするような実践、つまり参加者が身体的・実際的に関与することで作品が成立する「参加型アート」と位置づけることができる。それらの取り組みが、従来的な「もの」としての作品といかに異なるのか、またどのように同じ問題を共有しているのかを論じるため、贈与論の先行研究と昨今の「もの」研究の議論を再検討している。
2017年度は文献研究に加えて、ニューヨーク、ポーランドおよびインドネシアにおいてフィールドワークを行なった。ニューヨークとポーランドでは特定のアートプロジェクトに関する参与観察、アーティストおよび参加者へのインタヴュー調査、そして資料収集を行なった。ポーランドの調査先のプロジェクトとアーティストがインドネシアにおいて展覧会を開催したことから、ジャカルタとジョグジャカルタで関係者にインタヴュー調査を行なった。これまでの研究を通して、参加者の制作プロセスへの関わりを前提とする「参加型アート」が、西洋近代的な芸術という概念における矛盾と葛藤に関係していることが明らかになりつつある。

2016年度活動報告

本研究は、ソーシャリー・エンゲイジド・アートやソーシャル・プラクティス等と呼ばれる近年の参加型のアート実践を事例に、「社会」および「芸術」という概念を再検討することを目的としている。プロセスを重視し、物質的な「もの」としての作品制作を必ずしも前提としないそれらの実践は、近代西洋的な意味でのアートからは一見乖離していくかのように見える。完成した作品を前提とする既存の芸術の分析枠組みでは十分に論じることができないそれらのアート実践について、本研究はフィールドワークに基づいた人類学的な芸術研究の方法論を提示することを目指している。
初年度は文献研究に加えてポーランドにおける短期調査と東京における継続的な調査を行った。ポーランドでは、現地のアーティスト、キュレーター、研究者へのインタヴュー、関連する資料の収集を行なうことで、アートに「社会的な」役割を求めるポーランドの若手作家の多くが「批評的美術」として知られる一世代上のアーティストたちの社会・政治批判的な芸術実践を参照にしつつ、それを越えようとする試みを行っていることが明らかになった。次年度以降は、実際のプロジェクトの参与観察を行っていく予定である。
東京においては、ソーシャリー・エンゲイジド・アートの文脈で語られるプロジェクトのフィールドワークを行い、いかにプロジェクトへの「参加」が実現されるのかを追った。とくに注目したのは「参加者」たちが自らの実践のどのような部分に「芸術」性を見出しているのかという点である。
「参加」すること、「社会」を見出すこと、ある行為が「芸術」であること、そしてそれぞれがいかにひとつのプロジェクトにおいて関係し合っているのか、今後の調査研究の中で引き続き考察していくこととする。