国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

中東地域における民衆文化の資源化と公共的コミュニケーション空間の再グローバル化(2016-2020)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 西尾哲夫

研究プロジェクト一覧

目的・内容

「アラブの春」を主導した新興の都市部中流層が用いた「中間アラビア語」と呼ばれる新生の共通アラビア語は、新たなコミュニケーション空間を創出した。この空間では差異化された社会的アイデンティティ獲得をめぐり、グローバルな動向に感応する社会運動の場が確立しつつある。
本研究では、民衆、大衆、地域住民という概念の再構築を通じて彼らがグローバル化されたコミュニケーション空間に感応している状況を具体的に分析することによって、「中間アラビア語」が創出した公共的コミュニケーション空間において民衆文化が資源化されて公共性を獲得するプロセス、および個人が生きるローカルな生活空間とグローバルな社会空間が接合し、個々の人間の社会的動員作用として働くメカニズムを解明する。

活動内容

2019年度実施計画

本来は独立した物語として、ムスリムだけでなくキリスト教徒によっても伝承されていたシンドバード航海記が、アラビアンナイトに抱合されることで、どのように変容していったかについて解明するために、(1)シンドバード航海記のすべての写本の収集とその分類、(2)A版やB版とは異なるテキスト伝承による写本の校訂、(3)エピソードならびにモティーフによる物語構造とその相関関係の分析、(4)印刷版を含む標準的伝承と非標準的伝承の比較による原テキストの復元の研究項目を設定し、以下の具体的研究作業を行う。(1)写本の収集とその分類:①引き続き英国図書館所蔵写本を分析対象として書誌的データベースを作成する。あわせて当該写本の熟覧調査ならびに関連エピソードを含む物語写本の情報収集をする。(西尾・中道〔研究協力者〕担当)②引き続き制作済み「アラビアンナイト写本書誌情報データベース」をもとに、英国図書館所蔵写本を分析対象として、アラビアンナイト所収のシンドバード航海記に関する書誌的データベースを作成する。(小田担当)
(2)写本の校訂:①引き続きアレッポ・シリア正教会ならびにトルコ・マルディン教会所蔵ガルシューニー写本の校訂を行う。(西尾担当)②引き続きペティス・ドラクロワ訳仏文写本(クリーブランド州立図書館ならびにバイエルン図書館蔵)の校訂を行う。(西尾・岡本担当)
(3)物語構造とその相関関係の分析:①シンドバード航海記の第3航海と第4航海の物語構造の分析を行う。②前記の構造分析を基点として、すでに日本語訳のあるカルカッタ第二版等のいわゆる標準エジプト系伝承の物語構造との比較を行う。引き続き、世界の民話群との比較、特にシンドバード航海記がインド洋海域で活躍した船乗りたちの物語をもとに歴史的に形成されたという状況に鑑み、類似エピソードが広く分布する環インド洋世界の民話群との比較分析を重点的に行う。(以上、西尾・小田担当)
(4)原テキストの復元:①校訂したガルシューニー写本の分析を行う。(西尾担当)②上記作業の成果による原テキスト復元のための基礎的な物語構成要素のマッピングによるデータ作成を行う。(全員担当) 研究会を開催し研究情報を共有し計画全体に関して検討をする。成果を取りまとめ学会発表や論文執筆を行う。尚、中東情勢が流動的なために安全を考慮して上記の計画を変更することもある。

2018年度活動報告

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、(1)先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、中間アラビア語の一変種であるガルシューニー文献(シリア文字によるアラビア語)としてアレッポ・シリア正教会所蔵ガルシューニー写本を分析し、その成果を刊行した。(2)新生共通アラビア語の現代的動態の分析として、エジプト映画「ヤギのアリーとイブラヒム」の映画監督のインタビューや映画の解説とあわせて現代中東地域研究資料として刊行した。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)公共文化の創発プロセスの分析として、グローバル資源化した世俗文化としてアラブ人に移入された空手がイギリスの移民の間で公共性を獲得している状況を引き続き調査した。(2)グローバルな問題に感応して公共的コミュニケーション空間変容の外部要因として働く事例分析として、国際シンポジウム「フランス語によるアラブ=ベルベル文学における多声/多言語性(ポリフォニー」を開催した。研究者だけでなくアラブ世界でフランス語による著作活動をしている作家を招聘し、グローバルな文学空間における個人の表象と多言語性をテーマにする問題提起となる討論をおこなった。また国立民族学博物館が昨年度に協定を締結したイラン国立博物館において、「文化遺産とミュージアム」をテーマとした国際シンポジウムを開催した。
特筆すべきこととして、ナポレオンによるエジプト侵攻の学問的成果である『エジプト誌』の音楽に関する報告者として有名で中東地域の民族音楽研究のパイオニアであるヴィロトーによる未刊行の手稿本を発見しその校訂作業をおこなった。

2017年度活動報告

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、(1)先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、中間アラビア語で書かれたベルリン国立図書館所蔵アラビアンナイト写本を分析し、国際シンポジウムで口頭発表した。(2)新生共通アラビア語の現代的動態の分析として、エジプト映画「ヤギのアリーとイブラヒム」の上映会にあわせて、映画のセリフ等のスクリプトを分析した。映画監督のインタビューや映画の解説とあわせて現代中東地域研究資料として刊行する。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)公共文化の創発プロセスの分析として、グローバル資源化した世俗文化としてエジプトに移入された空手がフランスの移民の間で公共性を獲得している状況を調査した。フランスより若手研究者を招聘してアブダビにおけるカフェという公共的コミュニケーション空間に関する国際ワークショプを開催した。(2)グローバルな問題に感応して公共的コミュニケーション空間変容の外部要因として働く事例分析として、グローバルな知識の環流という観点から現代中東世界と日本との文化的関係について検討する国際シンポジウムを開催し、イランと日本との間の工芸品の還流現象についての発表等をおこなった。
研究成果の国際発信に関して特筆すべきこととして、パリ日本文化会館との学術協定によって現代中東地域研究事業との共催でグローバルな知識の環流という観点から現代中東世界における日本文化をテーマとした国際シンポジウムを開催したことがあげられる。

2016年度活動報告

本研究ではグローバル化と中東地域の民衆文化に関する以下の研究項目を実施した。
1 「中間アラビア語」による社会空間を接合する言語社会的位相に関しては、(1)先発的グローバル・コミュニケーション空間の言語社会的位相の分析として、中間アラビア語の文献調査によってケンブリッジ大学図書館所蔵の中間アラビア語民話写本を発見し分析をした。(2)新生共通アラビア語の現代的動態の分析として、カイロの都市部中流層の共通アラビア語の調査ならびに20世紀以降のマスメディア登場による新生共通アラビア語の大衆文学の調査によって、エジプトを代表する歌手ウンム・クルスームの英訳全歌詞集を刊行した。また中東世界の民衆音楽の現代的動態に関する研究論文集を刊行した。
2 公共的コミュニケーション空間がグローバルな情報ネットワークに感応する社会空間として機能する社会動員的位相に関しては、(1)公共文化の創発プロセスの分析として、グローバル資源化した世俗文化としてエジプトに移入された空手がフランスの移民の間で公共性を獲得している状況を調査した。民衆/大衆という分析概念に関する文献学的情報収集による再検討として、フランスと日本の文化人類学における当該概念の異同について調査し国際学会で発表した。(2)グローバルな問題に感応して公共的コミュニケーション空間変容の外部要因として働く事例分析として、国民国家的統合性の高い公共的社会空間を構築してきたマッダーフ(宗教的哀悼歌手)の変容についてイランとアメリカ移民社会の比較調査をした。
研究成果の国際発信に関して特筆すべきこととして、現代中東地域研究事業との共催でグローバルな知識の環流という観点から現代中東世界における日本文化をテーマとした国際ワークショップ及び、フランス社会科学高等研究院との学術協定に基づいてパリで中東世界の民衆文化をテーマとした国際シンポジウムを開催した。