国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

シンドバード航海記の成立過程と多元的価値共創文学の可能性に関する物語情報学的研究(2017-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B) 代表者 西尾哲夫

研究プロジェクト一覧

目的・内容

シンドバード航海記はアラビアンナイトで最も有名な物語のひとつだが、その形成過程は未解明である。同物語は、ヨーロッパに初めて翻訳紹介されたガラン版アラビアンナイトの底本となったガラン写本には含まれていない。また、近世以後のエジプトで編集された標準写本群には入っているが、シリアで編集されたと思われるアラビアンナイトの原型には含まれていなかったと思われる。さらに物語としての成立時期、アラビアンナイトに採録された過程も謎である。
本研究では、新たに発見された、キリスト教徒の伝承による従来の標準版とはまったく異なる写本を含めた全写本テキストの相互関係を精査して、シンドバード航海記の成立過程を再検証し、異文明間を往来しつつ結節点を創出したアラビアンナイトの研究を足掛かりとして多元的価値世界への可能性を探る。

活動内容

2018年度実施計画

本来は独立した物語として、ムスリムだけでなくキリスト教徒によっても伝承されていたシンドバード航海記が、アラビアンナイトに抱合されることで、どのように変容していったかについて解明するために、(1)シンドバード航海記のすべての写本の収集とその分類、(2)A版やB版とは異なるテキスト伝承による写本の校訂、(3)エピソードならびにモティーフによる物語構造とその相関関係の分析、(4)印刷版を含む標準的伝承と非標準的伝承の比較による原テキストの復元の研究項目を設定し、以下の具体的研究作業を行う。
(1)写本の収集とその分類:①英国図書館所蔵写本を分析対象として書誌的データベースを作成する。あわせて当該写本の熟覧調査ならびに関連エピソードを含む物語写本の情報収集をする。(西尾・中道〔研究協力者〕担当)②制作済み「アラビアンナイト写本書誌情報データベース」をもとに、英国図書館所蔵写本を分析対象として、アラビアンナイト所収のシンドバード航海記に関する書誌的データベースを作成する。(小田担当)
(2)写本の校訂:①アレッポ・シリア正教会ならびにトルコ・マルディン教会所蔵ガルシューニー写本の校訂を行う。(西尾担当)②ペティス・ドラクロワ訳仏文写本(クリーブランド州立図書館ならびにバイエルン図書館蔵)の校訂を行う。(西尾・岡本担当)
(3)物語構造とその相関関係の分析:①シンドバード航海記の第1航海と第2航海の物語構造の分析を行う。②前記の構造分析を基点として、すでに日本語訳のあるカルカッタ第二版等のいわゆる標準エジプト系伝承の物語構造との比較を行う。あわせて、世界の民話群との比較、特にシンドバード航海記がインド洋海域で活躍した船乗りたちの物語をもとに歴史的に形成されたという状況に鑑み、類似エピソードが広く分布する環インド洋世界の民話群との比較分析を重点的に行う。(以上、西尾・小田担当)
(4)原テキストの復元:①校訂したガルシューニー写本の分析を行う。(西尾担当)②上記作業の成果による原テキスト復元のための基礎的な物語構成要素のマッピングによるデータ作成を行う。(全員担当)
研究会を開催し研究情報を共有し計画全体に関して検討をする。成果を取りまとめ学会発表や論文執筆を行う。
尚、中東情勢が流動的なために安全を考慮して上記の計画を変更することもある。

2017年度活動報告

本研究ではシンドバード航海記の成立過程に関する以下の研究項目を実施した。
1 写本の収集とその分類にかかる項目として、フランス国立図書館所蔵写本を分析対象として書誌的データベースを作成し、あわせて当該写本の熟覧調査ならびに関連エピソードを含む物語写本の情報収集をし、アラビアンナイト所収のシンドバード航海記に関する書誌的データベースを作成した。
2 写本の校訂にかかる項目として、アレッポ・シリア正教会所蔵ガルシューニー写本の校訂を実施した。ペティス・ドラクロワ訳仏文写本の校訂のための補助作業として、著者のペティス・ドラクロワの著作物に関する錯綜した状況を整理する作業をおこなった。
3 物語構造とその相関関係の分析にかかる項目として、ガラン版シンドバード航海記ならびにカルカッタ第二版等のいわゆる標準エジプト系伝承の物語構造と比較するために物語情報の整理をおこなった。
4 原テキストの復元にかかる項目として、校訂したアレッポ・シリア正教会所蔵ガルシューニー写本の分析をおこなうとともに、とくに第7航海の物語の異同を分析するための物語構造にかかる情報整理をおこなった。
5 研究成果をめぐる研究者との共有化の推進とその国際発信に関して特筆すべきこととして、平成30年3月に国際シンポジウムを開催し、アラブ地域の文学作品、特に詩における個と社会の位置づけと形成を探究した。本シンポジウムでは、アラブ古典詩研究の泰斗であるスザンヌ・ステケヴィチ(ジョージタウン大学教授)による「古典と現代アラブ詩における私的・政治的インターフェイス」と題する発表をはじめ活発な議論がおこなわれ、アラブ地域の文学を通して、個と社会の多様な交渉によって生じる調和と対立を浮き彫りにすることで、多元的価値を見いだしていく新しい手法や観点を提示した。