国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

無形文化遺産の継承・変容と自然災害による影響の動態的把握:バヌアツ北部事例研究(2019-2020)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 野嶋洋子

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究では、自然災害により無形文化遺産がどのような影響を受け、変容してきたかについて、災害頻発国であるバヌアツ北部のバンクス諸島ガウア島を主要調査対象地域として、災害と無形文化遺産のバイオグラフィーを作成することを目指す。
無形文化遺産が常に変化するものであることを前提に、自然災害と同時にキリスト教化・植民地化等の近代化プロセスも踏まえ、①地域住民の生活・社会基盤やアイデンティティの表象となるような無形文化遺産が、歴史的に繰り返す災害を経て如何に変化してきたか、②地域住民のもつ災害対応の在来知(無形文化遺産)が、近代化・グローバル化のプロセスのなかで如何に変化してきたかという2つの視点から、情報収集と分析を行う。また無形文化遺産を守る対象としてのみ捉えるのではなく、災害対応の在来知についても注目し、持続的かつ自発的な防災戦略・復興をも可能とする無形文化遺産の今日的意義について再考する。

活動内容

◆ 2019年4月より転入

助成事業期間中の実施計画

ガウア島における災害に関連する知識や実践に関しては一定の情報を得、また2009年の火山噴火と被災を契機とした伝統的な知識や実践(無形文化遺産)の変容についても、住民の視点から意見や見解をすくい取ることができた。今後、ガウア島事例に関しては、民族誌資料、ミッショナリー関連資料等を渉猟しつつ、無形文化遺産の長期的変容について分析を進める。補足的な情報収集は、2019年度あるいは2020年度の現地調査時に行うこととする。
2019年度以降は、アンバエの無形文化遺産の状況について、同様に把握していくことを目指す。帰島が始まって間もない時期であることからどの程度の現地調査が可能か不透明なところはあるが、VKSからの要望もあることから、緊密に連絡をとりつつ無理のない計画を立て、実施していきたい。
アンバエを調査対象に加えることにより、複数の災害事例を考慮するとともに、より多くの無形文化遺産要素を分析対象とし、包括的な議論が可能になることが期待できる。

2018年度活動実績
2019年1月に、バヌアツ北部バンクス諸島のガウア島西部で1週間の現地調査を実施した。
ガウア島西部では、2009年から2010年の火山噴火により地域住民が島内の北部地域に約半年にわたって避難した経験があることから、当時の状況およびその後の生活再建について具体的な聞き取りを行った。また住民が過去に経験した他の災害(サイクロンや異常気象等)についてもリストアップし、災害経験を経た様々な伝統的知識や技術、実践(無形文化遺産)の変化に焦点をあて、情報収集を行った。
人々により実践、継承される無形文化遺産は、災害によって中断されることはあっても、その災害が直接的な原因となって失われることはない。しかし、災害により生じる様々な状況変化が、その後の無形文化遺産の継承に影響していることが、今回の調査を通じて具体的に明らかになった。例えば、タロイモはガウア島の結婚式や葬儀に伴う祭宴に不可欠な作物だが、2009年の噴火により、それまで西部地域で多く栽培されていたタロイモの品種の殆どが失われ、それ以前より減少傾向にあったタロ栽培の衰退を加速する一因となっている。また北部集落の人々と長期の避難生活を通じて交わることにより、人々(特に若者)の価値観にも変化を及ぼし、日常的にカヴァを飲用するカヴァ・バーなど新たな習慣が西部へと持ち込まれ、現金収入が得られるカヴァの栽培がその後増加していく契機ともなった。
災害時に有効な非常食の知識については、比較的食物資源の豊かなガウア島では殆ど実践されていないが、2009年噴火による避難生活後の生活再建の際には、極めて限定的ではあるが活用した事例があることが確認できた。耐風性能の高い伝統家屋形態も、西部集落の調理小屋では継承されており、ある程度のレジリエンスを保っている現状が窺えた