国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

EU農政下における家族制農業生産についての民族誌的研究(2020-2022)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C) 代表者 杉本敦

研究プロジェクト一覧

目的・内容

本研究の目的は、EUレベルの農業・農村政策と共通市場の影響下におかれたルーマニアの家族経営農家を対象に、その生活実践の多様性と柔軟性を文化人類学的なフィールドワークによって明らかにすることにある。家族制生産を支えてきた地域の経済的・社会的システムも、超国家的な政治経済構造や自然環境の悪化を背景に変化を迫られている状況において、どのような意思決定が経営を可能にするのだろうか。こうした研究を通して、家族制農業生産の機能と変容についての理解を深めることを目指す。EUのみならず日本をも視野に収め、食料安全保障のためのより効果的な農業・農村支援について考える手がかりを提示するつもりである。

活動内容

補助事業期間中の研究実施計画

本研究は、EU農政や様々な地域の家族制農業生産に関連する書籍を用いた文献研究と文化人類学的なフィールドワークを手段として実施する。一次資料を収集するためのフィールドワークは、ルーマニア・トランシルヴァニア地方南部のブラショヴ県F村の一部、約100世帯からなるM谷と呼ばれる地域で行う。ここは、博士論文研究以来、研究代表者が調査を続けてきた集落である。インフォーマントとは良好なラポールを築いており、彼らの日常的実践を身近に観察し、自由な語りを収集することができる。今次の研究では、①補助金を得て商業化する大規模農家(1軒)、②親族関係に基づいて経営統合した小規模農家(4軒)、③高齢者の経営する小規模農家(5軒)、④集約的な有機生産を行う農家(3軒)に焦点を当てて調査を行う。
本研究の目的を達成するために、以下の3つの問題に取り組む。a)労働の機械化、家畜と作物の品種の西欧化、干ばつや水質汚染といった環境悪化の中で、世代を通じて伝達してきた生産技術・知識にどのような変化が生じているのか。その変化をどのように説明するのか。b)若年層の農業離れ、農業従事者の高齢化、相互扶助の減少によって、生産に関わる取引費用を抑えることが困難になった状況において、どのような意思決定が行われるのか。そこに、インフォーマルなものも含めた生産物の交換・売買、農業補助金や年金収入、農業以外の賃労働がいかに関与するのか。c)農家世帯は、生産以外にも育児や教育、養老、資源の維持・管理など様々な機能を果たす。上記の変化の中で、世帯およびその構成員たちは資源や人間関係をどのように活用しながら、経済的・非経済的利益の維持・確保を目指すのだろうか。
フィールドワークで収集した一次資料の整理・分析を進め、どのような経済的・社会的・文化的変容と各農家の意思決定の相互作用が、家族制生産を可能にするか、その解明を目指す。
本調査研究で行う参与観察と聞き取りには調査地の人々の同意と協力が不可欠であり、個人情報の取扱にも気を配らねばならない。調査地とその住民を特定できるような情報、すなわち氏名・生年月日・住所に関する詳細は公開せず、すべて仮名を使用する。写真を使用する場合、実名の公表が条件付けられる場合は、そのつど許可を得る。