国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

日常を美学化する詩的オラリティの人類学-タイ文化圏の声と文字の文化の比較研究(2020-2023)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|若手研究 代表者 伊藤悟

研究プロジェクト一覧

目的・内容

これまで人類学はローカル共同体における声と文字の文化的実践の多様性を示すことで、主流社会の価値観を相対化してきた。しかし、多様な声と文字の技法や技能を支えてきた文化的感性がどのようなものか、それら美的な実践が人々を主体的に世界づくりに参与させていることを明らかにした研究は少ない。そこで本研究は、日常を美学化する詩的オラリティに着目してその現代的意義を再考することを目的とし、中国、タイ、ミャンマーのタイ系民族が起こしている声と文字の文化の草の根継承活動についてフィールドワークを実施して、人々のあいだで感覚的に共有されてきた詩的オラリティの客体化と伝承体系の革新の過程について民族誌データにもとづく比較研究を行う。これによって、共同体によって維持されている社会と世界イメージが、主体的な個人の声や文字をめぐる日常的な美的実践によって受け継がれ、また、つくられてきた諸相を明らかにする。

活動内容

補助事業期間中の研究実施計画

本研究は、声と文字をめぐる文化論や、運用形態、社会的機能などの先行研究の成果を踏まえたうえで、声と文字の文化に関係する当事者たちの詩的オラリティをめぐる実践と感性的経験に着目し、中国、タイ北部、ミャンマーのタイ族地域にて人類学的調査研究を行う。
方法論として、①種々の伝承活動などの現場にて参与観察を行い、人々の実践に現れる矛盾やずれ、継承問題をめぐる議論のなかで揺れ動く感性について民族誌データを収集する。そして、②調査者自身も、当事者が議論する書かれたテクストや口頭テクストについて、倣い学習し、その経験を現象学的データとして民族誌データとすり合わせる。同時に、③テクストの詩的表現や解釈、説明などに参照・活用される日常性や社会的事象に関する調査も行い、生活環境や空間のなかに履歴のように刻まれ、読み取られる詩的オラリティの慣習的、創造的側面を考察する。また、④漢字文化の影響を受けたタイ族文字の造形芸術「書」の側面も調査対象とし、身体動作と視覚的表象と詩的オラリティの相関および感性的経験を検討する。この点に関して、一部の貴重古籍資料が欧米や日本などに流出しており、書を歴史的視座から比較するため、日本国内での収蔵状況の調査も行う予定である。
本研究は3つの地域の事例を比較研究するため、期間中に海外現地調査を実施する。すでに前段階として2017年度に基盤研究(C) を取得し、中国のタイ族地域にて調査した経験がある。タイ北部では、チェンマイ県において予備調査を行っている。よって中国とタイにおける調査は準備を整え次第実施する。ミャンマーに関しては、中国やタイのインフォーマントより調査候補地と人物の紹介を受けているが、まだ候補地への訪問経験はない。よって、ミャンマーでの調査は、1年目にインフォーマントと連絡をとり、2年目以降に調査を行う。万一、政治情勢によって調査が困難な場合、ミャンマー側タイ族の難民や移民が多く居住しているタイ王国メーホンソン県や雲南省耿馬県にて調査を実施する。
研究成果は、学会発表と論文に加え、調査した活動の音響・映像の記録を現地に還元する。こうした成果のフィードバックは新たな議論へと展開する可能性も期待できる。
調査では難解な文字資料や口頭テクストの解釈や翻訳、文字おこしを必要とする場合が予想される。よって、現地の研究協力者に対しては謝金を払い、協力を求める。なお1年目は研究に活用する機材を更新するために、ノートパソコンおよびPCMレコーダーを購入する予定である。