国立民族学博物館(みんぱく)は、博物館をもった文化人類学・民族学の研究所です。

消費からみた狩猟研究の新展開――野生獣肉の流通と食文化をめぐる応用人類学的研究

研究期間:2016.10-2019.3 代表者 大石高典

研究プロジェクト一覧

キーワード

狩猟活動の多様化、食システム、市場経済

目的

本研究は、現代の日本を含む世界各地における狩猟を、消費の視点からとらえることを目的とする。狩猟は、文化人類学や日本民俗学では、これまで伝統的な生業として捉えられることが多かった。しかし、ブッシュミート交易など農山村地域から都市圏への獣肉供給の需要増大に伴う商業狩猟に加えて、その延長上に国際的な市場流通を視野に入れた産業狩猟も見られるようになってきている。そこで、(1)近年、とくに国内で獣害対策の観点から見直されている狩猟と野生獣肉(ジビエ)の活用をめぐる現場の取り組みを民族誌的な一次データをもとに検討するとともに、(2)世界各地における野生獣肉の流通・消費の事例と比較することで、日本における野生獣肉消費をめぐる動向をグローバルな状況のなかに位置づける。とくに、消費者による野生獣肉の消費のありかたの変化が、解体や分配の方法、狩猟法(狩猟道具や動物の殺し方)、精肉方法とその背景にある衛生概念、流通にかかわる組織の編成、食物や環境に関する人々の意識を変容させている可能性に着目し、海外の関連事例との比較を試みることで、国内における取り組みの独自性と潜在的な問題点について考察を深める。

研究成果

野生鳥獣肉を積極的に食べる文化と食べない文化が存在し、地域によってかなりの違いがあることが確認された。そもそも「獣肉」とはなにか、その対象とする種や食用とする部位の範囲についても文化、地域、時代によって変わる。獣肉の消費の主体も人間に留まらず、犬をはじめとした家畜に与えられることも少なくない。獣肉について考えるには、現在食用としない動物や部位、非食用利用まで含めた人と動物の関係として考える必要がある。その上で、食物としての獣肉は、階級、エスニシティ、ナショナリズム、先住民性、宗教などと深く関わっている。
獣肉食が食文化の中に根付くかどうかは、獣肉がそれぞれの地域社会のなかでどのような位置づけの商品/食物として表象され、象徴的な意味を持っているのかに大きく関わってくる。このようにどの動物のどの部位がいかに利用されたり禁止されるのかは、食物禁忌研究に代表されるように文化に関わる問題だとされてきたが、自然保護、狩猟管理や食品衛生に関わる制度や政策との関係のなかで動態的に把握されることが求められている。
比較的多くの発表があつかった日本を例に得られた知見と今後の課題を示す。明治期まで多様な野生動物が食されていたが家畜肉の普及とともに消費はほとんど廃れた。それでも地域社会では狩猟者とその近傍を中心に連綿と狩猟肉が利用されて続けたが、ごく最近になってそれが商品化され、都市の消費者社会でジビエとして利用されるようになってきている。獣肉の「ジビエ」化は、都市と農村の双方で狩猟の位置づけや食文化にさまざまな変化をもたらしていることが明らかになった。しかし、それらの変化には地域性が大きい。消費変化が狩猟活動に及ぼしている多様な様態とその社会文化的要因を明らかにするには、例えば獣肉の解体施設や都市におけるジビエ・レストランなどほとんど調査されていない過程についても視野に入れたさらなる研究が必要である。

2018年度

共同研究会を3回開催する。1年目と2年目の研究会では、市場経済の中での野生獣肉活用の可能性と課題について、特に日本の事例に議論が集中した。3年目は、改めて世界で起こっている獣肉をめぐる状況のなかに日本の事例を位置付け、日本から何を世界に発信できるのかを明確にすることを目指したい。最終年度となるので、年度後半は、成果出版を視野に入れた研究発表を中心とした研究会運営を行っていく予定である。

【館内研究員】 池谷和信、野林厚志
【館外研究員】 小林舞、近藤祉秋、高橋美野梨、高柳敦、田村典江、戸田美佳子、服部志帆、濱田信吾、比嘉理麻、兵田大和、安井大輔、安田章人、山口未花子
研究会
2018年6月30日(土)13:00~17:30(国立民族学博物館 第1演習室)
全員「『農業と経済』ジビエ特集号について執筆者解題と合評」
高橋美野梨(北海道大学)「標準化の国際政治:EUの公衆衛生観念の域外伝播を事例に西欧的価値の国際規範化を考える」
小林舞(総合地球環境学研究所)「ブータンにおける肉食の罪を巡る文化と食の主権に関する考察」
総合討論
2018年7月1日(日)9:30~12:00(国立民族学博物館 第1演習室)
野林厚志(国立民族学博物館)「民博における共同研究会と成果出版の過程」
全員「野林厚志編『肉食行為の人類学』第4部(仮)の合評」
大石高典(東京外国語大学)「共同研究会の成果とりまとめに向けて」
2018年10月6日(土)13:00~17:30(国立民族学博物館 大演習室)
大石高典(東京外国語大学)「趣旨説明:狩猟管理・獣肉交易(消費)の規制をめぐるガバナンス(制度・文書・官僚主義)と諸アクター」
野林厚志(国立民族学博物館)「異文化接触の中の狩猟活動:台湾社会を事例として」
戸田美佳子(上智大学)「カメルーンの森林資源マネジメントに関する現状報告:現金収入源に着目して(仮)」
未定「コメント」
総合討論
大石高典(東京外国語大学)・全員「これまでの議論の整理と来年度の出版計画に向けてのブレーンストーミング」
研究成果

2回の共同研究会を行うことができた。第1回研究会ではグリーンランドとブータンの事例について野生獣肉の流通・消費、あるいはそれらが禁止される状況とよりマクロな構造(国際政治学や国家の宗教政策など)との関係に焦点を当てて議論を行った。獣肉や肉食をめぐる交渉過程のなかに先住民のアイデンティティや食料主権の問題が浮き彫りにされた。2回目の研究会では、台湾とカメルーンの事例について、やや獣肉食そのものの問題からは離れて、狩猟管理と獣肉交易に関わるガバナンスについて検討を行った。議論の中では、植民地政策や自然保護政策の歴史的経緯も踏まえて狩猟管理の問題を把握することの重要性が認識された。
今年度は最終年度になるので、研究成果の発信を意識した研究会運営を心がけた。初回研究会において、共同研究の複数メンバーで執筆した雑誌特集の合評会、および専攻する肉食についての民博共同研究の成果本について合評会を行って、成果出版に向けた本共同研究のオリジナリティや課題について話し合った。

2017年度

共同研究会を2回開催する。各回の研究会では、獣肉の持続的消費をめぐって初年度の研究会で明らかになった問題についてテーマを設定し、毎回2~3名が発表を行なう。予定しているテーマは以下のものを含むが、メンバーの関心や研究の進捗に応じて柔軟に対応させることとする。
・獣肉の定義の多様性
・狩猟制度/狩猟免許/獣肉調理免許の国家・地域ごとの共通点と相違点
・獣肉消費の社会的位置―自然と文化、社会階級、民族関係、ジェンダー
・マイノリティの動物性タンパク質源獲得戦略としての獣肉利用
・獣肉をおいしく食べる―解体精肉技術の身体技法
・獣肉の生産・流通・消費の各過程における生命倫理
発表と討議とともに、日本をはじめメンバーが研究している各国・地域における獣肉利用に関わる資料やメディアの輪読、上映や合評会も予定している。初年度同様、少なくとも1回はメンバーのカバーしていない専門分野から特別講師を招聘する。

【館内研究員】 野林厚志、戸田美佳子
【館外研究員】 小林舞、近藤祉秋、高橋美野梨、濱田信吾、比嘉理麻、兵田大和、安井大輔、安田章人、山口未花子
研究会
2017年7月29日(土)10:00~17:00(国立民族学博物館 第7セミナー室)
「第8回マルチスピーシーズ人類学研究会(科研「種の人類学的転回:マルチスピーシーズ研究の可能性」)」共催
近藤祉秋(北海道大学)、合原織部(京都大学大学院)「Industrialization of Deer Hunting in Nishimera, Miyazaki」
大石高典(東京外国語大学)「アフリカ都市住民の動物蛋白源嗜好性――コンゴ共和国ブラザビルの事例」
John Knight(Queen’s University Belfast)「Hunters and the meat–animal association」
山口未花子(岐阜大学)「西表島のイノシシ猟の地域比較――肉の嗜好と捕獲・止め刺し・解体方法」
濵田信吾(大阪樟蔭女子大学)「コメント」
安田章人(九州大学)「コメント」
全員「総合討論」
2017年7月30日(日)10:00~12:30(国立民族学博物館 大演習室)
全員・「研究資料検討会――国内外の狩猟マンガを題材に」
2017年12月16日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第3演習室)
大石高典(東京外国語大学)「趣旨説明:獣肉をめぐる犬と人の関係」
立澤史郎(北海道大学)「屋久島のシカ肉ビジネスに見る森-人-犬関係」
大道良太(大道自動車)「狩猟者から見た日本の狩猟犬事情」
合原織部(京都大学)「椎葉村における猟犬、猟師と獣肉――猟犬の死をめぐる考察から」
藪田慎司(帝京科学大学)「コメント」
池谷和信(国立民族学博物館)「コメント」
総合討論
2018年1月28日(日)13:00~17:30(国立民族学博物館 第3演習室)
大石高典(東京外国語大学)「趣旨説明:獣肉利用の現代的変容と倫理」
服部志帆(天理大学)・小泉都(京都大学)「屋久島における狩猟と野生動物利用の変容――1950年代と現代の比較から」
田村典江(総合地球環境学研究所)・小林舞(総合地球環境学研究所)「日本の主要都市における獣肉食についての消費者アンケートの調査結果報告(仮)」
安井大輔(明治学院大学)「消費社会における食の倫理について――肉食や狩猟に関する議論を中心に」
山口未花子(岐阜大学)「コメント」
比嘉理麻(沖縄国際大学)「コメント」
総合討論
研究成果

2017年度は、3回の研究会を開催した。第1回研究会は、海外からの特別講師を迎え、公開研究会として行った。獣肉の生産・流通・消費の変化が互いにどのような影響を及ぼしあっているかについて、中部アフリカ、九州山地、南西諸島でのフィールドワークに基づく事例研究3本と肉食と動物に関わる理論研究1本の発表に基づき検討を行った。第2回研究会では、獣肉をめぐる人と犬の駆け引きをテーマに、動物生態学者、現役猟師、若手人類学者3名による発表に対して文化人類学者と動物行動学者がそれぞれコメントをするという形式で、人と野生動物の関係という視点だけではなく犬を視野に入れて獣肉問題を捉える学際的な議論がたたかわされた。第3回研究会では、獣肉利用の現代的変容と倫理をテーマに、離島における野生動物利用史、現代都市における獣肉消費、肉食と狩猟の倫理への社会学的考察の3本の発表があった。第1回、第3回研究会の内容の一部は学術誌の特集として、第2回研究会の内容の一部は学術書の一部として2018年度に刊行される予定である。

2016年度

初年度は、海外における研究動向の把握とともに、国内における事例蓄積をおもにおこなう。第一回の研究集会において顔合わせとともに、研究代表者が調査項目案を発表し、参加者で検討する。その後、調査項目にしたがって、各地域の担当者が中心となり、動向の調査を開始する。できるだけ、学会出張などを利用して、担当者以外も現地に足を運ぶようにする。その結果は、全体の研究集会(年度末)において共有される。また、国内での調査結果をうけて、海外調査をおこなう予定がある者は調査テーマの絞り込み、渡航準備も同時並行で進める。

【館内研究員】 野林厚志、戸田美佳子
【館外研究員】 小林舞、近藤祉秋、高橋美野梨、濱田信吾、比嘉理麻、兵田大和、安井大輔、安田章人、山口未花子
研究会
2016年10月15日(土)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
大石高典(東京外国語大学)「共同研究の趣旨説明―目的・方法・ねらい」
全員「自己紹介と共同研究への期待・提案など」
全員「今後の計画についての討議」
2016年10月16日(日)13:30~18:00(国立民族学博物館 大演習室)
安田章人(九州大学)「猟師としての実践研究からみた日本における狩猟と獣肉消費」
比嘉理麻(沖縄国際大学)「ブタとの関わりと断絶――沖縄における豚肉の大量消費と養豚場排斥運動」
総合討論:消費からみた狩猟研究の理論と方法
2017年1月28日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室)
「総合地球環境学研究所持続可能な食の消費と生産を実現するライフワールドの構築(FEAST)プロジェクト」共催
大石高典(東京外国語大学)「趣旨説明と獣肉に関する研究の動向」
田村典江、小林舞(総合地球環境学研究所)「ローカルフードシステムの視点から考える狩猟肉利用」
高柳敦(京都大学)「野生動物の価値と野生動物利用-野生動物文化の形成へ-」
William Kamgaing TOWA(京都大学)「Evaluation of Mammal abundance and Bushmeat Hunting patterns to Enhance Sustainability in Central Africa: A comparative analysis from two Communities in Southeast Cameroon」
討論:野生動物管理と持続可能な獣肉利用
2017年1月29日(日)10:00~12:30(国立民族学博物館 第4演習室)
「総合地球環境学研究所持続可能な食の消費と生産を実現するライフワールドの構築(FEAST)プロジェクト」共催
大石高典(東京外国語大学)「1日目の論点整理と2日目への導入」
兵田大和(同志社大学)「京都近郊における獣害管理と都市住民による狩猟の可能性と問題点」
総合討論:現代日本における獣肉利用の新しい担い手との協働と課題
研究成果

初年度は、2回の研究会を実施した。初回は、まず共同研究全体の枠組みについて代表者が説明を行った後、メンバー全員の顔合わせと獣肉の流通・消費に関わる問題意識について洗いだす作業を行った。そのうえで安田氏から自身の狩猟経験や九州大学における「狩り部」の活動について、また比嘉氏から沖縄の豚肉の生産・流通・消費について報告をいただいて、獣肉研究を進めていく上での手がかりを探った。第二回目の研究会では、メンバーの専門分野でカヴァーしきれていない野生動物保護管理の分野に焦点を当て、京都大学の高柳氏、カムゲン氏、地球研の田村氏の3人の特別講師を招いて獣肉の持続的な消費をめぐる学際研究の課題と可能性について検討を行った。兵田氏からは、獣害が深刻化する中での狩猟の新たな担い手としての都市住民による狩猟の可能性と課題について報告があった。今年度は、本共同研究を特徴づける二つの点である①応用人類学的/アクションリサーチ的視点と②超学際的アプローチに関連して研究会を進めることができた。今後に向けて、メンバー間で一定の共通認識が得られたと考える。