館長あいさつ
ごあいさつ
国立民族学博物館(みんぱく)は、1974(昭和49)年6月に、民族学・文化人類学とその関連分野の大学共同利用機関として創設され、本年、2024(令和6)年に、創設50周年を迎えました。
55名を数えるみんぱくの研究者たちは、それぞれが世界各地でフィールドワークに従事し、人類文化の多様性と共通性、社会の動態について調査研究を続けています。また、みんぱくには、総合研究大学院大学(総研大)の博士後期課程の人類文化研究コースがおかれています。みんぱくは、現在、文化人類学関係の研究教育機関として、世界全域をカヴァーする研究者の陣容と研究組織、博物館機能を備える世界で唯一の存在であると同時に、その施設の規模の上で、世界最大の民族学博物館となっています。
人類の文明は、今、数百年来の大きな転換点を迎えているように思われます。これまでの、中心とされてきた側が周縁と規定されてきた側を一方的に支配しコントロールするという力関係が変質し、従来、 それぞれ中心、周縁とされてきた人間集団の間に、双方向的な接触と交錯・交流が至るところで起こるようになってきています。その動きのなかで、世界には新たな分断が生じてきています。
一方で、2020年以来のコロナ禍を経験した私たちは、私たち人類の生活が、目に見えないウイルスや細菌の動きと密接に結びついていること、言い換えれば、われわれ人類もあらゆる生命を包含する「生命圏」の一員であることを、身をもって経験することになりました。また、人新世などという時代の呼び方が唱えられ、人間の活動が地球環境そのものに不可逆的な負荷を与えていることが自覚されて、未来を見据えた地球規模での対応に迫られています。
このように、人類全体での協働が必要とされるにも関わらず、それを妨げる力学が働いているというのが今日の状況です。それだけに、人びとが、異なる文化を尊重しつつ、言語や文化の違いを超えてともに生きる世界を築くことが、これまでになく求められています。今ほど、他者への共感に基づき、自己と他者の文化についての理解を深めるという、人類学の知、そして民族学博物館の役割が求められている時代はないと思われます。
かねてより、みんぱくは、人とモノ、人と人がそこで出会うことで発見があり、そこから新たな議論や挑戦が生まれていく、立場の異なる人びとの交流と協働・共創の場、つまり人類の知の「フォーラム」としてみずからを位置づけ、その活動を展開してきました。
みんぱくでは、現在、館を挙げて特別研究「ポスト国民国家時代における民族―グローバル人間共生科学の創成に向けて」を実施しています。この国際共同研究は、国民国家の枠組みが揺らぐなかで、民族間の対立や分断が顕在化するという世界の現状を、文化人類学および関連諸分野の総合によって重層的に把握・分析し、人類共生社会の実現にむけた新しいパラダイムを探ろうとするものです。
みんぱくでは、また、「フォーラム型人類文化アーカイブズの構築」というプロジェクトを推進しています。このプロジェクトは、みんぱくの所蔵する標本資料や映像音響資料などの学術資料を、国内外の研究者や利用者ばかりでなく、それらの資料のもともとの提供者、つまり現地社会の人びとと共有し、そこから得られた知見を継続して蓄積・解析することで、現地社会の振興に参与するとともに、人類文化の共通性と多様性、そしてその変容についての時空を超えた探究を進めようとするものです。
これらの活動は、いずれも、かねてよりみんぱくがめざしてきた、知の「フォーラム」を、研究教育活動・博物館活動を問わず、これまで以上に徹底したかたちで実現しようとするものにほかなりません。
今後は、50年先、100年先の世界を見据え、その「フォーラム」としての機能、とりわけ人類の記憶の継承とそれに基づく未来の共創の場としての機能をなおいっそう先鋭化し、人類共生社会の実現のための指針を示すべく、さらなる活動の展開をはかってゆく所存です。
皆さまの、変わらぬご協力、ご支援を、心からお願い申し上げます。
国立民族学博物館長:吉田憲司