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セルビアの冬と祝宴 (2022年1月)

(1)隙間風が怖い

2022年1月8日刊行 上畑史(国立民族学博物館機関研究員)

雪降るセルビアの首都ベオグラード。首都でも雪が膝の高さほどに達する年がある
雪降るセルビアの首都ベオグラード。首都でも雪が膝の高さほどに達する年がある=2016年1月、筆者撮影

バルカン半島に位置するセルビアでは「プロマヤ(promaja)」が、頭痛や肺炎などさまざまな体の痛みや病気の原因になると考えられている。プロマヤとは窓から窓へと抜ける風、開いた扉などから吹き込む風のことをいう。寒い季節に体を冷やす隙間風(すきまかぜ)を嫌うのは普通のことであろう。だがときにセルビアでは、換気や暑さのために風を通すことすら、はばかられる。厄介なことに、この隙間風は病気だけでなく不幸さえもたらすことがあるからだ。これを年配者が信じる迷信に過ぎないと言う人もいるが、セルビア滞在中の筆者に、真面目な表情でプロマヤの存在を警告してくれる若者も少なからずいる。

かくして、古くからセルビアの人々の間では「プロマヤに殺されるぞ、捕まるぞ」といった言葉が交わされてきた。プロマヤは単なる隙間風ではなく、命を脅かす、えたいの知れない「何か」なのだ。こうしたプロマヤへの過剰な警戒は、セルビアを訪れた外国人を戸惑わせる、ローカルな振る舞いとしても知られている。

さて、このように隙間風を恐れるセルビアの人々ではあるが、寒風吹きすさぶ冬にはめっぽう強い。とりわけ12月と1月は、屋内・屋外を問わず人々が集い、音楽とともに飲んで食べて祝う、祝宴の時期である。そうしたセルビア流の冬の楽しみ方を、今月は紹介する。

(2)音楽なしで年明けぬ

2022年1月15日刊行 上畑史(国立民族学博物館機関研究員)

2017年の年明けを祝う、ベオグラードでの無料コンサートの様子
2017年の年明けを祝う、ベオグラードでの無料コンサートの様子=2016年12月、筆者撮影

セルビアには新年が二度やってくる。1月1日と1月14日である。後者は「セルビア新年」と呼ばれ、セルビア正教が用いる旧暦(ユリウス暦)の1月1日にあたる。20世紀以降、公式には新暦(グレゴリオ暦)が採用され、正教と関連した習俗が規制の対象になった時期もあったが、今なお14日がセルビア独自の新年と認識されている。ただ、最初の新年を大々的に祝い、「セルビア新年」は控えめに迎えるのが一般的である。

特に盛り上がるのが前者の大みそかだ。セルビアで音楽の無い祝い事は考えられないが、大みそかも例外でなく、テレビからも街の至るところからも音楽が鳴りやまない。定番は、ナイトクラブやカフェで好みのジャンルの生演奏を聴きつつ飲んで過ごす年越し、もしくは各市主催の屋外での無料コンサートで、国内で人気のあるポピュラー音楽の歌手・アーティストらのステージを、群衆とともに堪能しつつ迎える年越しだ。首都ベオグラードでは例年、小晦(こつごもり)と大みそかの連夜に国会議事堂前で開催され、例えば筆者が参加した2017年の到来を祝うコンサートでは、約1万人もの来場者があったという。

会場で隣り合った人にセルビアにはない携帯用カイロを渡して戸惑わせたことや、寒さで鉛のようになる足の感覚は、渡航しづらくなった今、一層かけがえのない思い出である。

(3)全ては家族のために

2022年1月22日刊行 上畑史(国立民族学博物館機関研究員)

セルビアのシンボルになっている聖サヴァ教会の前で燃やされるバドニャク
セルビアのシンボルになっている聖サヴァ教会の前で燃やされるバドニャク=首都ベオグラードで2017年1月、筆者撮影

1月7日(旧暦の12月25日)にやってくるセルビアのクリスマスは、日本のお正月やお盆にも匹敵する重要な行事で、3日間続く。だが、メインはイブの6日からクリスマス初日だ。この2日間の習俗は、キリスト教だけでなく民間信仰の影響も反映しており、豊穣(ほうじょう)や家畜の多産、家族の幸福・健康などに加え、祖先崇拝にも結びついているとされる。例えば、家族全員がそろうイブの夜には、ナラの木やその枝葉を束ねたもの「バドニャク(badnjak)」を、家や教会で燃やす習わしがあり、その火花は家族の繁栄と同一視される。また、自宅にまかれるくるみは先祖への供物だという。ちなみにセルビア版サンタクロースである「バタ爺(じい)さん(Božić Bata)」は、近年では影が薄い。このようにセルビアのクリスマスは、単なる宗教的祭日や娯楽的祭日ではなく、第一に家族の祭日といえる。

クリスマス初日、家族以外の最初の訪問者は「ポロジャイニク(položajnik)」と呼ばれる。ポロジャイニクは家に幸運をもたらす客であり、事前に合意した上で訪問することもある。ただし、人選を誤れば不運な一年となる。幸か不幸か、私はクリスマス初日に招かれたことがない。寂しい気もするが、うっかりポロジャイニクになってしまったら、それはそれで責任重大である。

(4)幸せのシェア

2022年1月29日刊行 上畑史(国立民族学博物館機関研究員)

クリスマスイヴの食卓
クリスマスイヴの食卓
=セルビアの首都ベオグラードで2017年1月、筆者撮影

セルビアで最も重要な祭日のひとつであるクリスマス(1月7日)は、料理にも特色がある。40日間の宗教的な食事制限の最終日となるイブ(6日)のディナーには、肉・卵・乳製品を避けて、豆のオーブン焼き「プレブラナツ(prebranac)」、魚料理(コイやマスなど)、くるみのパイ、りんごとナッツとドライフルーツの盛り合わせなどが並ぶ。「新生・豊穣(ほうじょう)」を象徴する小麦の新芽の装飾も、食卓に欠かせない。

明けて7日は祝宴の色が濃くなる。目玉料理は豚の丸焼きだ。普段のさまざまなセルビア料理も並ぶ。「チェスニツァ(česnica)」と呼ばれる丸い大きめのパンも、クリスマスを盛り上げる。これを祈りとともに家族でちぎり分ける。生地に隠されたコインを発見した者は、その年を幸せに過ごせるという。

セルビアの人々が家族で過ごすこうした祭日に、私のような「よそ者」が同席できるのはまれだ。だが、異国で一人過ごす私を気遣ってか、宿泊先の大家さんが、彼の家のクリスマスを彩ったであろう自家製のハムや菓子を持ってきてくれることもある。この「シェア文化」は情に厚いセルビアの人たちらしいと思う。友人の家に行くと、帰り際には大抵、お手製料理をタッパーに詰めて持たせてくれる。いつも帰国間近になると、何個もたまったタッパーを返却しつつ、お別れのあいさつをして回る。