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セネガルの大家族 個を決める姓名

2025年6月2日刊行
三島禎子(国立民族学博物館准教授)

アフリカ大陸の最西端に位置するセネガル。いわゆる大家族が多い。結婚すると夫の生家に妻が移り住む。民族によっても違いはあるが、大家族になるのは、一般に思われているように一夫多妻制の結婚制度や多産のせいばかりではない。

実際、一夫多妻を選択する夫婦は30%ほど、女性が一生涯に産む子供の数は平均4,3人(2022年)である。これは家族を構成する一要素にすぎない。

むしろ大家族を構成するのは、農村では多世代にわたる直系と傍系家族が同居する居住形態による。つまり祖父母から孫やひ孫という世代の広がりがあると同時に、結婚した夫の兄弟とその子孫、独身の兄弟姉妹、夫の父の弟たちとその子孫など多様な世帯が同居している。100人を超える家族もある。

中庭でくつろぐセネガルの大家族=1996年、筆者撮影
中庭でくつろぐセネガルの大家族
=1996年、筆者撮影

都会では西欧型の生活様式や考え方が広まり、家族も核家族化してゆくと考えられていた。ところが、仕事や学業のために、農村から親戚や知人がやってきて同居するため、結局は子ども以外の多種多様な扶養家族を抱え大所帯となることが多い。

さてこのような大家族では同名が何人も存在する。国民の95%以上がムスリムであり、多くの人がイスラムの聖人にちなんだ名前を持つ。限られた聖人から名前を選ぶのであるから、下の名前だけでは誰を指しているのかわからない。また祖父母や近しい家族の名前をつけることも多く、混乱が増す。

一夫多妻婚では、男性は同時に複数の女性と婚姻関係を持つが、女性は夫との年齢差から若くして寡婦になることが多く、再婚してまた出産ということもある。あるいは離婚して再婚という例もある。前夫とのあいだに生まれた子どもを連れて再婚することもある。

そうした場合、子どもは母親の再婚相手の夫の姓ではなく、前夫の姓を名乗る。結婚しても女性は自分の姓を変えることはないので、独身時代から結婚、さらに離婚や再婚を経ても、元の姓のままである。

大家族が集うセネガルの家には中庭があり、母親は大声で子どもを呼ぶ。順序は名が先、名字が後だ。特に連れ後の場合には、母親とも再婚相手とも違う名字が中庭に響くため我々には違和感が強いが、同じ家に住む者が、姓名で互いを呼ぶことは珍しいことではない。

ただ、こうした呼び方は混乱を防ぐためだけではない。セネガルの法律では、人は姓と名を持って個人として認められる。姓を変えるには、政令の発行と政府広報誌への1年間の掲載という長いプロセスを要する。法律上も慣習上も姓名が個人を特定する重要事項なのである。

明治以降の家制度の名残が強い日本と比べ、セネガルには姓名呼びに象徴される個への強い意識がある。一人ひとりが集団の中でも独立した存在とみなされるからこそ、大家族が維持されているのかもしれない。