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社会的記憶の観点からみたアンデス文明史の再構築(2020-2023)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(A)

関雄二

目的・内容

本研究の目的は、南米の太平洋岸に成立したアンデス文明を対象に、権力と社会的記憶という分析視点と分野横断的な手法を南米ペルー共和国における考古学調査に導入することで、古代文化の交代期における権力の生成を追究し、アンデス文明史の再構築に取り組むことにある。
従来のアンデス文明研究では、文化の交代期、滅亡に関わる議論が少なく、本研究では、過去の社会に対する歴史や記憶の統御という斬新な切り口を導入することで、新たな文化変遷の様相を捉え、アンデス文明論の再構築を図ることが可能になる。
これにより、従来、経済的基盤の解明に重きを置いてきた史的唯物論から脱却し、イデオロギー面を重視した新たな文明論の展開が期待できるとともに、文明を担った人々の歴史観、記憶の観点という人間の主体的行為に立脚した文化変遷の過程が明らかになる。

活動内容

2023年度実施計画

4月に、本研究参加者全員でWeb会議を開催し、本年度の研究計画を共有する。本年10月より11月までペルー北高地に位置するエル・ミラドール遺跡の調査を実施する予定である。昨年、同遺跡の調査を予定していたが、隣接するラ・カピーヤ遺跡において重要な墓が発見されたため、エル・ミラドールの調査は延期せざるをえなかった。エル・ミラドール遺跡は過去16年間、調査してきたパコパンパ遺跡と対峙しており、表採資料からは形成期からカハマルカ期にかけての利用が推測される。形成期以降の社会が形成期の巨大祭祀センターをどのように記憶にとどめ、自らの社会内部にその記憶を接合させたかを追究する。 
具体的なミクロレベルの作業として、(1)遺構分析を通した社会的記憶の構築と権力形成との関係の追究および、(2)儀礼分析を通した社会的記憶の構築と権力形成との関係の追究を行う。前者は、空間の反復的利用に注目し、建造物に対するアクセスの同定、建築材の時期同定、周辺の景観の改変過程などの証拠を検出し、社会的記憶構築の過程を析出するものである。後者の作業は、土器などの遺物分析、とくに図像とその時期的変化に注目するものである。また動物考古学や同位体分析により、儀礼空間で消費された動植物の同定や、その生息環境、入手時期(狩猟時期や儀礼開催時期)などについての情報を入手する。さらに被葬者の身体加工(頭蓋変形)、墓の位置や構造、副葬品、さらには埋葬後の追悼行為に注目し、被葬者を葬ったリーダーらの社会的記憶の操作の様相に迫る。申請者、および海外共同研究者3名は、全期間現地に滞在するが、動物考古学、自然人類学、同位体分析を担当する研究分担者2名、研究協力者2名は、比較的短期間の現地滞在となる。
これと並行して、クントゥル・ワシ遺跡(担当:井口)、ナスカ地上絵(担当:坂井)、リマ文化(担当:サウセド・セガミ)における比較研究を行い、日本国内(令和5年2~3月)において全員参加の総括的な研究会を開催する。成果は、各自国内外の学会等で発表し、論文としてまとめる。また、2月に本研究テーマに関する比較研究のため、北米研究機関を訪問し、中米マヤ文明遺跡の調査も行う。

2022年度活動報告(研究実績の概要)

コロナ禍で中断していた日本人研究者による現地調査を3年ぶりに再開し、7月下旬より一ヶ月半ほどペルー北高地カハマルカ州チョタ郡ケロコト郡に位置するラ・カピーヤ遺跡で発掘調査を実施した。2021年度に発見した防御用の溝構造が等高線に沿って延びることを確認し、インカ直前(後1300~1500年頃)の社会のコンフリクト状況が明らかになった。この調査の過程で、形成期中期(前1000年~前700年)にさかのぼる基壇と部屋が検出され、層位的にはそれより古い墓も発見された。
この墓は、深さ約1.5mで、上部には大量の礫が詰め込まれ、その下には1トン以上の大石が置かれていた。大石の下からは、エクアドル産の巻き貝であるストロンブスが20点見つかり、その上に成人男性の遺体が安置されていた。ストロンブス貝および遺体には、貝や青緑色の石製の装飾品が捧げられていた。これまでに形成期中期にさかのぼる貴人墓は発見されておらず、権力者の誕生時期が大幅にさかのぼる可能性が高い。この発見は、国内外で報道されたほか、英国の雑誌World Archaeology Magazine誌において8ページにおよぶ異例の特集記事が掲載され、世界的にも注目された。さらにエクアドルで開催された国際会議の基調講演でもこの発見を紹介した。
このほか、Senri Ethnological Studies 112に、これまでの研究成果をとりまとめることができた。そこでは、形成期における主要な文化の一つであるチャビンを扱う米国チームと、ペルー北高地の遺跡を扱ってきた日本チームのデータを比較することで、従来のようにチャビン文化がアンデス全土を席巻したというよりも、複数の拠点文化が存在し、競合関係にあったという新たなモデルを提示することできた。

2022年度活動報告(現在までの進捗状況)

考古学的調査においては、コロナ禍により遅れていた現地調査を開始することができた点は大きい。プロジェクト開始時に想定していた調査データの収集や分析に多少の遅れが生じていることは事実であるが、今後の調査でなんとか挽回していきたい。また昨年の調査の際に、サンプル抽出作業を行い、人骨、獣骨などの科学分析もようやく軌道に乗りつつある。今後は、日本に保管されているサンプルの再分析なども視野に入れ研究を充実させたい。
一方で、昨年の調査で重要な墓を発見することができた点も大きな収穫であった。本プロジェクト自体は、形成期以降(前1年以降)の社会を対象としているが、形成期中期(前1200~前700年)という、これまでの調査では得られなかった埋葬の情報は、社会的差異が明確になる形成期後期(前700~前400年)の社会が過去をどのように認識していたかを分析する際に、重要な視点を提供することは疑いようがない。これは、研究対象の拡大にもつながるが、アンデス文明史の研究自体をみたときには、むしろ喜ぶべき事態といえる。
今後は、新たな研究活動によってプロジェクトの充実をはかるとともに、これらの成果を国内外の学界で積極的に発信し、研究の遅れを補っていくこと予定である。

2021年度活動報告

2021年度事業継続中

2020年度活動報告(研究実績の概要)

本年度は、コロナ禍で日本人研究者によるペルーでの調査は断念したが、11月より一ヶ月ほどペルー北高地カハマルカ州チョタ郡ケロコト郡に位置するラ・カピーヤ遺跡の発掘調査を海外共同研究者によって実施した。具体的には防御用の溝構造が複数検出され、インカ直前(後1300~1500年頃)の社会のコンフリクト状況を示すデータが得られた。この場合、防御される区域の狭さから、祭祀空間の防御であった可能性が高い。ラ・カピーヤ遺跡では、形成期(前1000年~前700年)にさかのぼる祭祀遺構が検出されていることから、今後は、聖なる空間としての継続的利用がどのような仕組みで可能となったのかを追究していきたい。
このほか、これまで蓄積してきた大量の図面や写真資料のデジタル化を進めるとともに、研究成果をまとめることに尽力を注いだ。とくに日本人類学会誌であるAnthropological Scienceにおいて、本プロジェクトに関する特集を組むことができたのは意義深い。そこには、祭祀空間におけるラクダ科動物の供犠の意味を問う論や、アンデスの儀礼に欠かすことができないトウモロコシの栽培とラクダ科動物などの家畜飼養との関係を明らかにする論などが含まれ、儀礼の実態に迫るデータの提示がなされた。反復的に行われる儀礼が、世界観や社会的記憶を形成することからすれば、これらのデータの意義は大きい。また、本研究プロジェクトの分担者と協力者の総力を結集し、アンデス文明全体を視野に収めた『アンデス文明 ハンドブック』を刊行できた点も成果の一つである。
こうした研究成果は、オンラインにより国内外の研究集会で公表された。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

考古学的調査においては、コロナ禍により、日本人研究者の海外渡航(ペルー)ができず、調査データの収集や分析に遅れが生じていることは事実であるが、情報機器を駆使したリモート会議を頻繁に行い、現地のカウンターパートによる発掘を遠隔で評価し、データを共有することができたため、大幅な研究停滞を招かずにすんだ。ただし、サンプル抽出作業ができなかったため、人骨、獣骨などを用いた科学分析に遅れが認められる。今後は、日本に保管されているサンプルの再分析なども視野に入れながら、コロナ禍での研究に備えたい。
一方で、日本にとどまった時間を有効に活用し、これまでの研究データの分析と公表ができたことは、本プロジェクトを相対化し、新たな課題を抽出できた点で有意義であった。オンラインで頻繁に実施した研究会は、コロナ禍以前よりも、分担者や協力者間のコミュニケーションを密にすることができたと考えられ、実際に、学会誌での特集や、編著書の発行へとつながった。こうした点からも、全体として研究の進捗にやや停滞はみとめられるものの、新たな研究活動によって遅れを挽回しつつあると判断できる。