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劣化が進行する酸性紙資料を長期保存するための実用化技術の開発(2021-2024)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B)

園田直子

目的・内容

研究の概要

図書・文書資料の大半は、近代製紙技術が確立した19世紀半ばから中性紙製造技術が定着する1990年頃までに製造された酸性紙である。酸性紙の劣化対策として一般的に行われる脱酸性化処理は、紙の劣化を抑制する効果はあるが、紙の強度を回復させることはできない。そこで重要になるのは極度に脆弱化する前の、ある程度劣化が進んでいる酸性紙への対策である。本研究では、脱酸性化処理と微細セルロースファイバー(FCF)による強化処理を併用し、ある程度劣化が進んでいる酸性紙の長期保存のための実用化技術の確立を目指す。同時に、研究開発した手法が紙資料等に安全に適用できるかの検証と、保存環境の調査・整備までを総合的に扱う。

研究の目的

本研究では、脱酸性化処理と、セルロースナノファイバー(CNF)に代表される微細セルロースファイバー(FCF)による強化処理を併用し、酸性紙資料の長期保存のための実用化技術の確立を目指す。対象とするのは、閲覧限界を超えたものではなく、自然劣化によって、ある程度劣化が進んでいるが、まだハンドリングが可能な状態にある、図書館や公文書館等に大量に保存されている酸性紙資料である。本研究チームでこれまでに開発・試作したFCF塗工用小型塗工機を活用し、劣化紙資料強化法の最適化を図るとともに、中程度まで劣化の進んだ紙資料を用いたFCF塗工処理による強化効果の検証を行う。FCF塗工後の効率的な乾燥法を開発するとともに、FCF塗工強化紙資料の安全性・長期保存性評価を行うことで、修復工房等で実用化できるシステムにする。酸性紙強化のための技術開発にくわえて、紙資料の保存環境の調査・整備までを総合的に扱う。

活動内容

2022年度実施計画

本研究代表者らは、経年劣化酸性紙に脱酸性化処理を施した後、湿潤処理を経て、サクションテーブル上で脱水して、紙表面に微細セルロースファイバー(FCF)塗工処理を行うと、紙の劣化抑制効果のみならず、劣化紙の引裂強さや引張強さを向上させることを明らかにしてきた。
この手法は、特許出願後、2022年2月16日に日本国特許第7025721号「紙の強化方法」として登録された。これまでに、紙の両面に連続的な塗工処理を可能にする小型塗工機(東京農工大学既存設備)を試作し、中程度に経年劣化が進んだ市販の酸性上質紙や中質紙を用いて、FCF塗工処理による紙の強化及び劣化抑制効果を確認した。
本年度は、経年劣化酸性紙に対する強化及び劣化抑制技術の実用化を念頭に置いて、小型塗工機による劣化紙強化法の最適条件の設定を進めるほか、劣化酸性紙のFCF塗工後の乾燥処理、すなわち、真空乾燥機に空気タンク(東京農工大学設置予定)及び圧力調整器を組み込んだ試料室分散型恒温真空乾燥システムを導入し、FCF塗工後の劣化酸性紙の品質コントロール技術を確立する。
また、長期保存中にFCF強化処理紙の経年劣化を招かないように、原料パルプから水中カウンタコリジョン処理(東京農工大学既存設備)やマスコロイダー(東京農工大学設置)等の機械処理を併用して異なる特性を有するFCF塗工材料を調製する。これまでの研究で、FCF塗工前に施した劣化紙の湿潤処理及び真空乾燥処理によって、紙を構成するパルプ繊維と紙表面上に塗工されたFCFとの間の結合強化が確認されている。SEMによるFCFの形態評価、比表面積分析(遠心分離機のローターを東京農工大学に設置予定)、保水度などの測定によって、FCFの特性変化を定量的に把握しながら、塗工用FCFの最適調製法を開発する。
経年劣化紙の強化及び劣化抑制効果には、塗工時のFCF懸濁液の分散状態が重要になることから、上記真空乾燥システムの構築に加えて、FCF塗工懸濁液の温度制御、FCF塗工懸濁液濃度と塗工量の適正化、FCF塗工速度、湿潤処理からサクションテーブル上での脱水に至る紙の水分制御などを確立して最適塗工条件を設定する。
FCFの最適塗工条件が確立すれば、FCF塗工強化紙の安全性・長期保存及びローリングテスト等を用いた劣化度評価を検討する。保存科学の視点から紙資料の保存環境調査・整備を行う。

2021年度活動報告(研究実績の概要)

本研究代表者らは、セルロースナノファイバー(CNF)のもつ高強度特性および光学透明性に着目し、CNFを含む繊維幅の大きな微細セルロースファイバー(Fine Cellulose Fiber, FCF)を用いた劣化紙の強化処理を提案した。これまでに、自然劣化した酸性上質紙に脱酸性化処理及び水による湿潤処理を行って脱水後、紙の両面に連続的なFCF塗工処理を可能にする小型塗工機を設計、試作した。その結果、劣化酸性上質紙に脱酸性化処理及びFCF塗工処理を併用することによって、紙の劣化の指標とされている引裂強さのみならず、紙の引張強さを向上させることを確認した。
令和3年度には、小型のプロトタイプ塗工機を用いてFCF塗工量を制御するための塗工及び乾燥条件の最適化を目指し、自然劣化酸性中質紙の強度向上効果を検証した。自然劣化中質紙に脱酸性化処理を施し、湿潤処理後にFCF濃度を2~4%に調製して塗工すると、0.5~2.0g/m2の範囲に塗工量を制御することができた。また、自然劣化中質紙にブックキーパー法による脱酸性化処理を行った後、FCF塗工処理を実施すると、紙の引張強さを向上させることができた。FCF塗工処理による劣化酸性中質紙の引張強さの増加は、塗工量1.4g/m2で最大となり、最適な塗工量の存在が確認された。
また、ブックキーパー法脱酸性化処理を行った自然劣化酸性中質紙に対するFCF塗工後の乾燥処理は、少なくとも30℃で真空度100Paの真空乾燥処理を3.6時間行うことによって、FCF塗工後の自然劣化中質紙にダメージを与えることなく、効果的な乾燥処理が達成された。
保存環境に関する研究では、新型コロナウイルス感染症対策としての換気量増加が室内環境に与える影響を検証した。また、独自に開発した温度・湿度モニタリング分析システムの不具合箇所を修正、機能追加するシステム改良を行った。

2021年度活動報告(現在までの進捗状況)

経年に伴って進行する酸性紙の劣化に対処するためにこれまで広く実施されてきた紙の脱酸性化処理は紙の劣化を抑制する一定の効果が認められるものの、低下した紙の強度を回復させることができない。本研究では、セルロースナノファイバー(Cellulose Nano Fiber、CNF、繊維幅:100 nm以下)のもつ高強度特性および光学透明性に着目し、CNFよりも繊維幅の大きな微細セルロースファイバー(Fine Cellulose Fiber、FCF、繊維幅:数μ以下)に着目し、FCFを紙表面に塗工して紙の脱酸性化処理と併用することによって、紙本来の特性を維持しながら、判読性を低下させずに紙の強度向上効果及び劣化抑制効果を経年劣化紙に付与することを目的としている。
紙の両面に連続的なFCF塗工処理を可能にする小型のプロトタイプ塗工機を設計、試作して脱酸性化処理を施した経年劣化酸性紙にFCF塗工処理を実施した。これまで、ある程度まで劣化が進んでいる経年劣化酸性紙に対する強化及び劣化抑制技術の実用化を念頭に置いて、小型塗工機によるFCF塗工量を制御するための劣
化紙の塗工及び乾燥条件の最適化を検討し、特定のFCF塗工濃度範囲において紙表面のFCF塗工量を制御することが可能となり、脱酸性化処理を施した経年劣化中質紙の引張強さを向上させることが判明した。
当初、本研究計画に記した(a)FCF塗工用小型塗工機による劣化紙資料強化法の最適化、(b)中程度まで劣化の進んだ紙資料を用いたFCF塗工処理による強化効果の検証を中心に順調に検討が進んでいる。また、(c)劣化紙資料のFCF塗工後の乾燥処理法の開発―試料室分散型恒温真空乾燥システムの導入-の準備を始めるとともに、(d)実用化に向けたFCF塗工強化紙試料の安全性・長期保存性評価に向けて、保存環境調査に供する温度・湿度モニタリングシステムを改良した。