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被傷性の人類学:傷つきやすさを抱えた人々について私たちはどう語ることができるのか(2021-2024)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(B)

竹沢尚一郎

目的・内容

研究の概要

2016年、米国の人類学者Sherry Ortnerは、失業や疾病、戦争、災害等に苦しむ人々を対象とする「暗い人類学が人類学の中心的テーマになっている」と断言した。この発言の背景にあるのは、グローバル化と新自由主義の進展による大量の移民や難民の出現、工場移転の結果としての失業や短期雇用の増加である。急速に変わりゆく現代世界の中で、人類学がその使命とされてきた「異文化研究の学」にとどまることは可能なのか。むしろそれは研究対象と研究方法の根本的な改変を必要としているのではないか。本研究の目的は、苦難に満ちた現代世界に生きる多様な人々を包括的に研究するための新たな方向性を見つけることである。

研究の目的

現代世界はテクノロジーの発展を見る一方、貧困、難民、戦争被害者、失業者、短期雇用者、被災者、性的マイノリティ、死など、苦難を抱えた人びとが増加する傾向がある。従来、人類学はこれらの事象や人々を、貧困の人類学、災害人類学などと個別に研究してきた。これに対し、本研究ではこれらの事象を「被傷性」の語で括り、人々がそれにどのように相対しているかを研究する。
これらの事象を「苦難」として捉えることは可能であろう。この時、苦難は人間にとって外的なものとみなされ、どう対処するかという関心が優越する傾向がある。一方、「被傷性」とは人間を否応なく苦難に晒された存在とする見方であり、人間観の根本的変化を踏まえている。本研究がめざすのは、人間が人間らしく生きるには何が必要かを、苦難への対処法を比較検討することで明らかにすることであり、「人間であるとは何か」という人類学の永遠の課題に一定の答えを出すことである。

活動内容

2022年度実施計画

今年度は本研究の第2年度であり、昨年に2回の共同研究会を実施することで、研究代表者および研究分担者のあいだでかなりの共通理解が得られた。今年度はそうした共通理解をさらに進め、昨年度に新たに得られた知見を共有するために、2度の共同研究会を実施する。
それに加え、各研究者は個別の関心に沿って研究を進める。
研究代表者の竹沢は、福島原発事故避難者の調査研究をおこなってきたが、それを継続して研究すると同時に、原発大国であるフランスにおける反原発運動や、原発被害の実態についても調査研究する。さらに、人類の進化および誕生と被傷性の関係についても文献研究をおこなう。
研究分担者の深海は、これまで行ってきたポリアモリーと呼ばれる性関係についての研究をまとめ、その成果を本として出版するために尽力する。それにあたり、米国における性意識の変化や性にまつわるさまざまな運動について歴史的観点から総括する。
研究分担者の近藤は、これまで行ってきたウガンダでの内戦の当事者や被害者に関する聞き取り調査をまとめ、著書の出版をめざす。それと並行して、我が国における避難民の調査研究も進める。
研究分担者の森田は、インドネシアの西ティモールで廃品回収に従事する人びとについての研究をまとめるために、インドネシアで現地調査をおこなう。それと並行して、日本における貧困者の調査研究も行うことで、貧困がもたらす困難やそれを乗り越えるための努力等について、比較の視点を獲得する。

2021年度活動報告

2021年度事業継続中