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グローバル資本主義における多様な論理の接合――学際的アプローチ

研究期間:2022.10-2025.3

代表者 中川理

キーワード

経済人類学、資本主義、接合

目的

本研究は、人々が生きる多様な領域とグローバル資本主義との接合を、人類学を起点としつつ学際的にとらえようとするプロジェクトである。さまざまな接合のあり方を民族誌的な視点から具体的に理解するだけでなく、社会学と地理学の視点を取り入れながら理論化することを、本研究は目的としている。
長く人類学は、資本主義は自己完結的な経済システムではなく、異なる論理で動く外部の諸領域(コミュニティ、家族、植民地など)と結びつき、そこから資源を得ることによって成り立っていると明らかにしてきた。周辺世界まで資本主義に包摂された結果、このような多様性は失われたという議論もある。しかし、むしろグローバル化によって多様な論理の接合が生じたと考えることも可能である。たとえば、アウトソーシングや工場移転をとおして、異なる文化社会的背景を持つ世界各地のニッチが、一つのサプライ・チェーンにおいて結び付けられるようになっている。また、再生産にかかわる家族やコミュニティの領域も、資本主義の変容にともなって新たなかたちで生成している。
それでは、このような接合から生まれる多様性をどのように理解すればよいだろうか。本研究では、世界各地の事例の比較によってフィールドからのモデル構築を進めるとともに、人類学・社会学・地理学の対話をとおして理論化を試みる。

研究成果

本共同研究では、狭い意味での「経済」の問題としてではなく、人びとの生き方の視点から資本主義をとらえ直すための検討を、理論と事例の両方の側面から行った。その成果として、情動・物質性・批判という三つの点に注目するアプローチを構築するとともに、このアプローチにもとづいた民族誌的記述の可能性を探求した。
理論的検討においては、接合の問題に注目することで、人類学・地理学・社会学の視点から包括的に資本主義を理解できるようになることを示した。賃金労働を用いた利益の追求として資本主義を定義するならば、それが単独では存続できないことが分かる。家族・コミュニティが育てる働き手や自然環境が生み出す鉱物・動植物といった、他のやり方で作られた要素を利用することなしには、資本主義は不可能である。ここにおいて、接合が問題となる。本共同研究では、社会的再生産理論、資本新世、採掘主義、認知資本主義、ゲンス(Gens)といった理論・概念における接合の問題を検討した。それによって、資本主義の変容が新たに多様な接合を生み出していること、その状況を理解するためには人びとの生き方や欲望に注目した民族誌的研究が重要となることを示した。
本共同研究では、この視点から民族誌的事例の比較検討を行い、そこから情動・物質性・批判という三つの論点を導いた。(1)情動:家事と耕作に追われる農村生活から逃れて移民する女性の場合のように、積極的に資本主義に関わろうとすることは多くある。人びとの生き方の選択と、それに伴う欲望・喜び・悲しみといった情動が、資本主義の存続とどのように関わっているのかを検討する必要がある。(2)物質性:接合は、物質的に媒介されることによって可能になる。したがって、どのようなロジスティクス・地学的条件・政治的条件によって、どのように接合が促進されたり遮断されたりしているかを検討する必要がある。(3)批判:民族誌的記述にもとづく研究は、資本主義批判に関して微妙な立場を取らざるを得ない。そのなかで、どのような批判が正当化されうるのかを検討する必要がある。本共同研究は、これら三つの論点を共有することで、比較民族誌的研究を可能にする基盤を構築した。

2024年度

2024年度は、研究成果となる論文集の出版に向けた作業を進める。前年度までの共同研究会において、すべての共同研究員が一度目の発表を行って理論的視点と具体的事例を全員で共有し、人類学・社会学・地理学の視点を組み込んだ理論的アプローチの可能性を検討してきた。その成果に基づき、本年度の研究会では各メンバーが論文の原案について二度目の発表(新規加入メンバーは一度目の発表)を行う。発表にもとづいて全体で討議を行い、「接合」に注目する共通の理論的枠組みをさらに発展させる。また、出版計画を具体化するとともに、出版の前段階としてシンポジウムを企画し、実施する予定である。

【館内研究員】
【館外研究員】 深田淳太郎、松村圭一郎、小川さやか、田口陽子、後藤健志、森正人、北川眞也、川野英二、平山亮、大久保遙、小島千佳
研究会
2024年5月25日(土)13:00~19:15(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
大久保遥(京都大学大学院)「教育の市場化と周縁を生きる若年女性」
中川理(国立民族学博物館)「資本主義と願望の出会い:成果論集の序論構想」
成果論集についての全体討論
2024年11月16日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
田口陽子(叡啓大学)「ヒエラルキーとケアの再生産?――インド都市部における家事と資本主義の接合」
松村圭一郎(岡山大学)「資本主義と「移動」との関係を考える――エチオピアから中東・ヨーロッパへの出稼ぎ/移民の事例から」
成果発表についてのディスカッション
2024年11月17日(日)9:00~16:00(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
森正人(三重大学)「Bios/Geos」
小川さやか(立命館大学)「デジタル・インフォーマル経済における「敵対性」をめぐって」
2025年1月12日(日)13:00~19:00(国立民族学博物館 第4演習室 ウェブ開催併用)
大久保遥(京都大学大学院)「若年女性の連鎖する困難と不安定化――通信制高校経由の成人期への移行」
後藤健志(立命館大学)「「他なるもの」への生成から考える資本――植物に宿る力に注目して」
研究成果公開に関するディスカッション
2025年2月22日(土)13:00~19:00(国立民族学博物館 第4演習室 ウェブ開催併用)
平山亮(大阪公立大学)「資本主義・ヘテロノーマティヴィティ・インターセクショナリティ」
北川眞也(三重大学)「ヴェロニカ・ガーゴのネオリベラリズム論」
成果論集に関するディスカッション
2025年2月23日(日)9:00~13:00(国立民族学博物館 第4演習室 ウェブ開催併用)
成果論集に関するディスカッション
川野英二(大阪公立大学)「現代資本主義における都市空間の再編と近隣」
2025年3月18日(火)13:00~18:00(ウェブ開催)
深田淳太郎(三重大学)「外から到来する富と資本主義」
小島千佳(明治大学大学院)「ベルリンにおける居住脆弱性の高まり」
成果論集に関するディスカッション
研究成果

最終年度にあたる2024年度は、成果論集の刊行に向けて、共同研究員全員が二度目の発表を行い、毎回の研究会において理論的枠組について全員で検討した。第一回研究会では、研究代表者が理論的枠組の原案を提示した。以降の共同研究会において、それぞれの共同研究員が、原案に関連付けて事例を発表するとともに、原案に対する批判的コメントを行った。このプロセスを経て、情動・物質性・批判という三つの論点を中心とする成果論集の枠組を構築し、共有することができた。共同研究会終了後の2025年度に、成果論集のための執筆・編集作業を継続する。また、人文地理学会思想研究部会において、共同研究の成果の一部を発表することとした。

2023年度

今年度の共同研究では、前年度の研究会での議論をとおして共有した共通のアプローチにもとづいて、それぞれの共同研究員が資本主義と人々が生きる多様な領域との接合の具体的な事例について発表を行う。4回の研究会を実施し、今年度で共同研究員全員が一通り事例の報告を終えることを予定している。これらの事例の比較をとおして、接合の様式についての一般化がいかにして可能かを全員で検討する。また、資本主義に関する社会学分野および地理学分野の主要な先行研究について共有し、前年度に行った人類学分野の先行研究との比較検討をとおして、一般化のための理論的基礎についての考察を深める。

【館内研究員】
【館外研究員】 深田淳太郎、松村圭一郎、小川さやか、田口陽子、後藤健志、森正人、北川眞也、川野英二、平山亮
研究会
2023年6月25日(日)15:00~19:15(国立民族学博物館 第1演習室 ウェブ開催併用)
森正人(三重大学)「資本主義の地理と人文地理学」
松村圭一郎(岡山大学)「資本主義と家族/家内労働の接合関係について:エチオピア人女性の海外出稼ぎの事例から」(仮)
2023年11月3日(金)13:00~19:15(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
川野英二(大阪公立大学)「現代資本主義と都市の再編:プラグマティック社会学と『社会・空間的なもの』」(仮)
平山亮(大阪公立大学)「『論理』を接合する方法としてのインターセクショナリティ」(仮)
今後の共同研究についての全体討論
2023年12月16日(土)14:00~19:15(国立民族学博物館 第3演習室 ウェブ開催併用)
成果発表計画等についての話し合い
小川さやか(立命館大学)「プラットフォーム資本主義と「待つー待たせる」をめぐる力学の変容:タンザニアにおけるソーシャルメディア・コマースの進展を事例に」(仮)
小島千佳(明治大学大学院)「借家の金融化に抗する住宅の理念:借家人団体誌MieterEchoに書かれた借家人運動の展開に着目して」(仮)
総合討論
2024年2月10日(土)12:30~19:15(国立民族学博物館 第4演習室 ウェブ開催併用)
後藤健志(立命館大学)「採取経済の周辺に働く権力の観点主義的解釈 :アマゾニアのゴム採取地におけるシャーマニズムをめぐる歴史的考察」(仮)
深田淳太郎(三重大学)「貝殻貨幣の輸入に見る国家/市場/民族アイデンティティの論理の接合」
北川眞也(三重大学)「資本主義、キャンプ空間、ロジスティクス」(仮)
総合討論
研究成果

2023年度は、前年度に代表者が提示した基本的枠組みと対話するかたちで、それぞれの共同研究員が発表を行った。予定通り、前年度と今年度ですべての共同研究員が一度目の発表を終えることができた。これらの発表と討議を通して、当初想定していたよりも幅広い接合のパターンを含みこむことが可能な枠組みを構想し直す必要があることが見えてきた。また、人類学の視点と社会学および地理学の視点の違いや、それぞれの学問分野内でのアプローチの違い(批判に力点をおくか可能性に力点をおくか)も見えてきた。これらの対立点を安易に解消してしまうことなく、本研究会に共通の枠組みを発展させると同時にそのなかでの各共同研究員の役割を明確化することが、今後の課題として浮かび上がったといえる。これらの点を踏まえて、来年度は成果公開を目指して二度目の発表を行うことを決定した。

2022年度

人類学・社会学・地理学のそれぞれの立場から、資本主義に対する既存のアプローチをレビューし、問題意識の共有を図る。また、それぞれの領域において本研究に関係する先端的研究を相互に紹介することをとおして、本研究のアプローチを検討する。
また、本研究のアプローチに合った研究を行っている若手研究者についての調査を行い、次年度からの加入を依頼する予定である。本研究は少なめの構成員でスタートするが、追加構成員を加えることによってプロジェクトの一貫性を保ちつつ若手へとネットワークを拡大する計画である。追加構成員は、各研究分野から一名ずつを予定している。

【館内研究員】
【館外研究員】 深田淳太郎、松村圭一郎、小川さやか、田口陽子、後藤健志、森正人、北川眞也、川野英二、平山亮
研究会
2022年11月20日(日)13:00~18:00(国立民族学博物館 第2演習室 ウェブ開催併用)
中川理(国立民族学博物館):趣旨説明「グローバル資本主義における多様な論理の接合」
参加者全員:自己紹介および研究構想
参加者全員:研究会の方針についてのディスカッション
2023年3月23日(木)13:00~15:30(ウェブ開催)
田口陽子(叡啓大学)「家事を介した社会関係:インドにおける家事労働者と雇用主をめぐる複数の論理」
次年度の共同研究会計画についての話し合い
研究成果

初年度にあたる今年度は、本共同研究会の資本主義研究のアプローチと、そのために使用する諸概念について検討と整理を行い、全員で共有した。その共通の枠組にのっとって、各自が個別研究を開始した。
第一回の研究会では、中川が共同研究会の趣旨説明を行うとともに、一つの例としてフランスのモン農民の資本主義との接合の事例を紹介した。この発表にもとづき、どのように共同研究員各自の事例を関連付けられるかについて、ディスカッションを行った。それによって、とくに「接合」の概念について明確化できた。また、人類学、地理学、社会学の三分野における資本主義研究について整理し、共通の枠組のための基礎を作ることができた。第一回研究会で得られた共通認識に基づいて各自が個別研究を進め、第二回研究会では田口がインドの家事労働者の事例について発表を行った。今後、それぞれの事例研究の検討と相互の関連付けによって、共同研究を発展させていく。