多言語社会ブータンにおける成人識字教育方法としての「語り」に関する研究(2022-2023)
科学研究費助成事業による研究プロジェクト|研究活動スタート支援
佐藤美奈子
目的・内容
研究の概要
本研究は、ブータン王国(以下,ブータン)の成人女性を対象としたNFE(ノンフォーマル教育)の開発と実践をアクション・リサーチの手法でおこなう。ブータンでは、学校教育の急速な普及の陰で、教育経験がないことで否定的な自己観を抱く女性が少なくない。本研究は、学習ニーズ調査に基き、学習者主体のNFE環境を整備し、「語り」を軸とするリテラシー教育を通して女性たちの自己肯定感を育む。その方法を「ナラティヴ・アプローチによる自己肯定感を育むリテラシー教育」として体系化する。さらにナラティヴ・アプローチを地域ベースでリテラシー教育に取り入れた「オーラル・ヒストリー・プロジェクト」を導入し、地域の活性化を導く。
研究の目的
本研究は、ブータン王国(以下,ブータン)の成人女性を対象としたNFE(ノンフォーマル教育)の開発と実践をアクション・リサーチの手法でおこなう。ブータンでは、学校教育の急速な普及の陰で、教育経験がないことで否定的な自己観を抱く女性が少なくない。本研究の目的は、第1に学習者主体のNFE環境を整備し、「語り」を軸とするリテラシー教育を通して女性の自己肯定感を育むことである。第2に、その方法を「ナラティヴ・アプローチによる自己肯定感を育むリテラシー教育」として体系化し、新たなNFEプログラムを開発する。まずは全国のNFE教室を対象に学習ニーズ調査を完了し、「状況に根ざしたリテラシー」(Barton, et al. 2000)の基盤を固める。さらにナラティヴ・アプローチを地域ベースでリテラシー教育に取り入れた「オーラル・ヒストリー・プロジェクト」を導入し、NFEを共同体主体の取り組みの一環とする。
活動内容
補助事業期間中の研究実施計画
本研究の計画は、大きく2段階から成る。第1段階では、研究代表者が2017年にブータン中央部と西部より開始した学習ニーズ調査を全国規模に拡大する。ブータンのNFEは、これまで政府主体で全国統一プログラムにより実施されてきた。しかしながら、ブータン中央部農村部と西部都市部における成人識字教育を対象とした、研究代表者のこれまでの調査からは、急速な時代の変化のなかで近代化が進む都市部と、伝統的な暮らしを営む農村部では人口構成や生活が大きく異なり、学習者の学習ニーズや適切な教育方法に相違があることが明らかになった。本研究では、ブータン東部、南部、北部の山岳地帯に調査を拡大する。東部は、ブータン最大の言語民族であるシャーショッパの拠点であり、ゾンカ語を母語とする西部のンガロッパとは宗派や生活文化が異なる。南部は、ネパール系のローツァンパの居住地であり、その他の地域とは言語のみならず宗教も異なる。北部山岳地帯の遊牧民地域にいたっては、成人はおろか、子どもたちを対象とする学校教育の状況さえ詳らかでない。したがって、まずは全国的な学習ニーズ調査を完了させ、「状況に根差したリテラシー」(Barton, et al. 2000)の基盤を固める。そのうえで、そのデータを根拠に関係当局に協力を依頼して制度面での整備を進める。最優先の課題は、学習者の生活に即した教材の開発と、農作業の年間サイクルに沿ったカリキュラムの開発である。その他、これまでの調査では学習者から、成人識字教育を学校教育と等価と認定するEquivalency Programや単位科目履修制度を要請する意見があがっている。隣国タイやバングラデシュの成人識字教育や欧米の生涯教育で既に導入されており、ブータンにおいても高等教育と僧院教育間で試行がはじまった。成人識字教育も加わることで、伝統的に3つに分断されてきたブータンの教育制度の連携がさらに一歩前進することになる。
第2段階では、ナラティヴ・アプローチを取り入れたリテラシー教育をまずは、これまでの調査でも協力を得てきた中央部トンサ村と西部ティンプー市のNFE教室から導入を開始する。その効果をデータ化し、「ナラティヴ・アプローチによる自己肯定感を育むリテラシー教育」として体系化する。順次、協力校を拡大し、全国規模での導入と実施へと繋げる。第2段階では、並行して成人識字教育を地域のコミュニティセンターを中心とする共同体の取り組みへと移行させる準備を進める。具体的には、ナラティヴ・アプローチを地域ベースで取り入れた「オーラル・ヒストリー・プロジェクト」を立ち上げ、NFEを地域主体の生涯教育と連動させる。将来的には、NFEでリテラシーを得た女性たちをその活動の主体に据えることで、英語化が進む若者世代と民族語主体の祖父母世代を結ぶ仲介者として女性たちが機能する道を拓くことをめざす。