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インド・オディシャーにおける親密圏の変容:恋愛・婚姻・家族をめぐる情動と経験(2019-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C)

常田夕美子

目的・内容

本研究の目的は、独立後インドの過去70年余りにおける親密圏の変容を明らかにすることにある。特に1947年から1990年までのポストコロニアル期から1991年の経済自由化以降のグローバル期への時代的変化に着目し、女性をめぐる親密ネットワークがいかに社会経済的動態に適応してきたか、そのなかで恋愛・婚姻・家族をめぐる情動と経験はどのように変容してきたかを検証する。現代インドの親密圏の変容は、伝統的な家族・親族構造が崩壊し、都市的な個人や核家族が誕生した過程であると考えられてきたが、そうした単線的な近代化論はあてはまらない。実際、人々は時代の必要に応じて親密な関係性を再編してきた。本研究は女性の行為主体性に着目し、変化する時代を生きる人々が生活のモビリティの幅を広げつつ、必要なケアと相互扶助の関係を確保するために、親密圏を創造的に再編してきた過程を描写し、親密性をめぐる情動と経験の変遷を分析する。

活動内容

2021年度活動報告(研究実績の概要)

今年度も新型コロナウイルスの影響によりインドへ渡航できなかったため、現地調査は実施せず、国内でインターネット上の情報収集、文献調査、これまでの現地調査内容の整理を行った。インターネット上の情報収集の結果、明らかになったのは、コロナ禍における結婚式の新たな参加方法である。従来は、結婚式の招待状は紙のカードであったが、コロナの状況の中、出席できない人には、WhatsAppやMessengerでのやりとりを通じて招待状の電子版を送り、祝福のメッセージを受け取るケースが見られる。結婚式の写真やビデオもWhatsApp, Instagram, Facebookなどを通じて公開することによって、当日参加した人も、参加できなかった人も、オンラインで祝福するコミュニティを形成する。オンラインのやりとりやコミュニティの構築は、女性のネットワークにもとづくことが多い。そこで重要なのは、5-6年ほど前までは、インターネットへのアクセスが困難だった50代から60代の女性たちが、新たに獲得しつつあるデジタルリテラシーである。従来、中年・高齢女性は、Facebookなどのソーシャルメディアにアクセスする際には、夫や子どもが操作するパソコンの端末に頼っていたため、自由に情報の送受信ができなかった。しかし、近年のスマートフォンの普及によって、中年・高齢女性もそれぞれ自分の端末を持つようになり、一人でもやりとりができるようになった。近年における結婚式に関する連絡の電子化も、そのような女性たちが新たに獲得した主体性の現れだと思われる。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

今年度は、新型コロナウイルスの影響によりインドへ渡航できなかったため、現地調査は実施せず、国内でインターネット上(WhatsAppを通じて)の情報収集、文献調査、これまでの現地調査内容の整理、論文執筆を行った。その結果明らかになったのは、女性たちが、自らまたは同居している他の女性が病気や怪我をした際に頼りにする家族・親族・友人のネットワークである。女性たちはそれぞれのネットワークを通じて、新型コロナウイルスの感染拡大にともなうロックダウンや医療の逼迫などに対して柔軟に対応する。自らのまたは周囲の人の病気・怪我によって担当する家事、介護、看護がうまく行かない場合は、直ちに状況に応じて判断し、携帯電話を通じて、姉妹、母親、オバ、女友達、女性の知り合いなどに連絡し助けを求める。また、新型コロナウイルスのワクチン接種など、これまでに経験したことがない不確定・不安要素が多いことについても、携帯電話を通じて積極的に情報収集・情報交換を行う。今年度の調査研究において総合的に明らかになったのは、昨年度に引き続き、女性たちによる家族・親族のネットワークの創造的な構築・再構築であり、それぞれのネットワークを通じた彼女たちの助け合いの方法である。さらに、新型コロナウイルスの感染拡大によって生じた未曾有の事態に対する女性たちの積極的な働きかけが明らかになった。
なお研究成果の一部は、単著論文として英文雑誌Contemporary South Asiaに出版した。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

今年度は、新型コロナウイルスの影響によりインドへ渡航できなかったため、現地調査は実施できず、研究が遅れている。

2019年度活動報告

今年度は、3回にわたり調査地での聞き取り調査を行った。当該地域は、2019年5月上旬に上陸した大型サイクロン「ファニ(Fani)」によって多大な被害を受け、復興の最中である。そのため、2019年8月の現地調査は、サイクロン当時の様子、面談者たちの家族の安否、居住地や出身地の被災状況を中心にインタビューをした。そこで明らかになったのは、女性たちが被災時に政府の援助を受けるのは最終手段であり、可能なかぎり家族・親族のネットワークを通じて相互援助をすることである。2019年12月の現地調査では、嫁入り道具の変化について、プリーのアーシュラムでインタビューを行った。その結果わかったのは、女性出家者たちは、出家した後も、家族・親族のネットワークとつながっており、世俗の変化に通じていることである。世を離れ修行をする者として、世俗で苦しむ家族・親族を励まし、アドバイスをすることもある。親族の婚姻の際には、アーシュラムを通じて嫁入り道具の支度を手伝うこともある。2020年2月の現地調査では、夫と死別または別居し実家に戻ったり、介護に携わっていたりする女性を中心にインタビューした。その結果わかったのは、女性たちは、夫に先立たれたり、別居したりして実家に滞在中の場合でも、婚家と携帯電話などで、頻繁に連絡をとりながら、自らや子どもの安全を確保していることである。介護が必要な夫を持つ女性は、夫の世話を一人で抱え込まず、家族・親族・友人・使用人のネットワークを使い、自らの心身の健康を保っている。今年度の調査研究において総合的に明らかになったのは、女性たちによる家族・親族のネットワークの創造的な構築・再構築であり、それぞれのネットワークを通じた彼女たちの助け合いの方法である。