Select Language

無形文化遺産の継承・変容と自然災害による影響の動態的把握:バヌアツ北部事例研究(2019-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(C)

野嶋洋子

目的・内容

本研究では、自然災害により無形文化遺産がどのような影響を受け、変容してきたかについて、災害頻発国であるバヌアツ北部のバンクス諸島ガウア島を主要調査対象地域として、災害と無形文化遺産のバイオグラフィーを作成することを目指す。
無形文化遺産が常に変化するものであることを前提に、自然災害と同時にキリスト教化・植民地化等の近代化プロセスも踏まえ、①地域住民の生活・社会基盤やアイデンティティの表象となるような無形文化遺産が、歴史的に繰り返す災害を経て如何に変化してきたか、②地域住民のもつ災害対応の在来知(無形文化遺産)が、近代化・グローバル化のプロセスのなかで如何に変化してきたかという2つの視点から、情報収集と分析を行う。また無形文化遺産を守る対象としてのみ捉えるのではなく、災害対応の在来知についても注目し、持続的かつ自発的な防災戦略・復興をも可能とする無形文化遺産の今日的意義について再考する。

活動内容

◆ 2019年4月より転入

2021年度実施計画

昨年度から延期した現地調査については、現時点では状況改善が見られないため、現地機関と連絡を取りつつ、年度後半11月以降のタイミングでの実施の可能性を探る。しかしながら、今後のコロナ関連の動向は不透明であるため、これまでに収集した情報の分析を進め、報告書としてまとめる作業を優先して進めるとともに、投稿論文や学会発表などの機会を通じて成果公開を行えるよう努める。

2020年度活動報告(研究実績の概要)

2020年度は最終の現地調査を実施し、過去2年で調査を実施したガウア島およびアンバエ島での調査で地域住民の関心が高かった無形文化遺産要素を中心に据え、コミュニティにおける無形文化遺産保護や防災への活用計画を考えるためのコミュニティワークショップを開催するとともに、補足的な情報収集を行う計画であったが、新型コロナウィルスの影響により渡航困難となったため、計画を延期せざるを得なくなった。
そのため、過去2年のフィールドデータについての分析を進めるとともに、両地域における20世紀前半頃までの民族誌情報を渉猟し、当時の様々な無形文化遺産の実践状況について整理を行うとともに、過去の主要な災害事例や人口動態についても情報収集を行った。
ガウア島・アンバエ島それぞれの火山噴火による無形文化遺産への影響には、火山灰の降下による環境や有用資源への直接的ダメージとともに、長期に渡る避難生活や移住に伴う自然及び社会環境の変化も見逃せない。またその影響は必ずしもネガティブなものばかりではなく、ポジティブに作用する場合もある。ガウア島噴火の場合は西部住民が北部の集落に半年間避難し、アンバエの場合は全島民が一時的な避難所生活ののち、その一部はサント島都市部近郊に土地を得て移住し、東部の人々の多くはマエウォ島の集落に受け入れられ、内陸部に移住した被災コミュニティもあった。災害事象そのものの潜在的リスクはある程度予測可能だが、社会環境の変化、特に他島・他地域の人々深く接触することによる無形文化遺産の実践への影響は大きく、反応も様々である。こうした避難経験(あるいは被災者受け入れ経験)を無形文化遺産の継承促進につなげるような方策についても、検討する必要があるだろう。

2020年度活動報告(現在までの進捗状況)

COVID-19の世界的感染拡大により調査対象国への入国が困難な状況となった。現地協力機関と連絡を取りつつ、状況が改善する可能性も考え準備を進めたが、国境閉鎖が現在に至るまで継続しているため、最終的に今年度計画していた現地調査計画を延期せざるを得なくなった。

2019年度活動報告

2019年度は、2017-8年の火山噴火により全島民が他島に避難したアンバエ島住民を対象とし、被災と避難、そして帰島または移住というプロセスにおける文化的実践の変化について、現地での聞き取り調査を実施した。
2017-8年のアンバエ島火山噴火の際、バヌアツ政府は約11,000人の全島民に対して近隣の島々への避難を命じ、約6割がサント島の都市ルガンヴィル近郊、約4割がアンバエ島の東にあるマエウォ島へと避難した。2019年に噴火活動が沈静化すると島民の多くは帰島したが、移住先に留まり「第二の我が家」を築く住民もいた。調査では、アンバエ島西部からサントに移住したコミュニティ、帰島したコミュニティ(東部および北東部)、マエウォ島に新たな集落を開く選択をしたコミュニティの3者について情報収集を行った。
アンバエ島民の主要な避難先となったルガンヴィルとマエウォ島では、状況が大きく異なる。前者はバヌアツ第二の都市であるのに対して、マエウォ島では共通性のある文化と既存の交流がありながらも、より伝統的な実践が継承されている。アンバエ島民の様々な無形文化の実践状況については、災害による環境へのダメージ、移住により必要な資源が入手困難となる(例えば編みゴザ作りのための特別なパンダナス)といった状況がある一方で、以前からの生活スタイルの変化により衰退傾向にあった。マエウォ島民の集落で避難生活を送ったアンバエ島民は、アンバエにおいては衰退した実践が生きている状況を目の当たりにし改めて関心を抱く、また日常とは異なる避難状況の時間を伝統的技術の習得に充てる、といった活動も見られた。これはアンバエ無形文化遺産の継承という視点からは、避難がポジティブに作用した事例と言える。また無形文化遺産の継承に大きく影響する要因としては、災害事象そのものよりも、災害により生じた集団間の接触・交流があると考えられる。

2018年度活動実績

2019年1月に、バヌアツ北部バンクス諸島のガウア島西部で1週間の現地調査を実施した。
ガウア島西部では、2009年から2010年の火山噴火により地域住民が島内の北部地域に約半年にわたって避難した経験があることから、当時の状況およびその後の生活再建について具体的な聞き取りを行った。また住民が過去に経験した他の災害(サイクロンや異常気象等)についてもリストアップし、災害経験を経た様々な伝統的知識や技術、実践(無形文化遺産)の変化に焦点をあて、情報収集を行った。
人々により実践、継承される無形文化遺産は、災害によって中断されることはあっても、その災害が直接的な原因となって失われることはない。しかし、災害により生じる様々な状況変化が、その後の無形文化遺産の継承に影響していることが、今回の調査を通じて具体的に明らかになった。例えば、タロイモはガウア島の結婚式や葬儀に伴う祭宴に不可欠な作物だが、2009年の噴火により、それまで西部地域で多く栽培されていたタロイモの品種の殆どが失われ、それ以前より減少傾向にあったタロ栽培の衰退を加速する一因となっている。また北部集落の人々と長期の避難生活を通じて交わることにより、人々(特に若者)の価値観にも変化を及ぼし、日常的にカヴァを飲用するカヴァ・バーなど新たな習慣が西部へと持ち込まれ、現金収入が得られるカヴァの栽培がその後増加していく契機ともなった。
災害時に有効な非常食の知識については、比較的食物資源の豊かなガウア島では殆ど実践されていないが、2009年噴火による避難生活後の生活再建の際には、極めて限定的ではあるが活用した事例があることが確認できた。耐風性能の高い伝統家屋形態も、西部集落の調理小屋では継承されており、ある程度のレジリエンスを保っている現状が窺えた