呪術的偶然性と共同性の人類学的研究
研究期間:2024.10-2027.3
代表者 津村文彦
キーワード
呪術、偶然性、共同性
目的
本研究は、偶然性に満ちた世界のなかで、呪術的なものが、畏れや驚き、笑いなどの情動を経由しながら、それがいかに社会的に共有されるのかを問うものである。
これまで申請者らは「呪術がいかにしてリアリティを伴うものとして経験されているか」をめぐって研究を進めてきた[1]。呪者とクライアント(人)、道具や場所(モノ)、言葉や感覚を切り口に論じてきたが、本研究はそれとは異なった新しいアプローチを取る。つまり、リアリティや効力を前提に呪者や呪術的実践を対象化するのではなく、呪術的実践でありながら信じるに値しないとされるものや、呪者による営みではないが、日常のなかの半−呪術、非−呪術的な実践を広く対象化する。そして、それらが個人に特別な情動を引き起こす過程、および個々の情動でありながら人々に受容され共同性を生み出す過程を検討する。具体的には、呪いや宗教的治療のほか、ギャンブル、経済活動、演芸、医療など偶然性に関連する諸実践を取り上げ、偶然性に満ちた現代世界において呪術的な知と実践のあり方を検討する。
[1] 白川千尋・川田牧人編『呪術の人類学』(人文書院, 2012)、川田牧人・白川千尋・関一敏編『呪者の肖像』(臨川書店, 2019)、川田牧人・白川千尋・飯田卓編『現代世界の呪術―文化人類学的探求』(春風社, 2020)
2025年度
2025年度は、研究メンバーが自身のフィールドでの事例報告を行い、それぞれが呪術的偶然性の議論との接点を探るとともに、議論の焦点となる共通項を積み上げることを目指す。それに向けて、4回の研究会を開催し、各回2~3名が、呪術的/半-呪術的/非-呪術的諸実践と偶然性をめぐる事例報告とディスカッションを行う。今年度の初回に当たる第3回研究会では、津村文彦がタイの呪術と現実の複数性について、飯田淳子が日本の近代医療の事例を通して偶然性について検討する。第4回研究会では、松崎かさねが日本のパチスロを、師田史子がフィリピンのギャンブルを取り上げ、特別講師を含めてギャンブルと呪術的偶然性の関わりについて事例研究を行う。第5回研究会では、山口亮太がカメルーンの妖術を、河西瑛里子が英国の現代的信仰を、飯田卓がマダガスカルの漁業などの事例を取り上げ、日常性のなかの呪術的実践について考察する。第6回研究会では、松岡薫が日本の民俗芸能を、及川祥平が日本の現代的信仰を、平野(野元)美佐がカメルーン・沖縄の相互扶助を事例として分析する。
【館内研究員】 | 河西瑛里子、飯田卓 |
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【館外研究員】 | 飯田淳子、川田牧人、白川千尋、山口亮太、及川祥平、松崎かさね、師田史子、平野(野元)美佐、松岡薫 |
2024年度
2024年度は、共同研究メンバー間で、呪術研究や偶然性・リスク研究における先行研究の検討を通して理論的枠組みや問題設定を共有し、今後の基盤を築くために2回の研究会を行う。初回は、津村が、問題提起として呪術研究のレビューを提示したのち、参加者全員で、今後の研究活動について打ち合わせをする。2回目は、川田・白川が呪術研究の立場から、飯田淳子が医療研究の視点からそれぞれ事例と課題を提示することで、本共同研究の主要な問題関心を全体で共有する。
【館内研究員】 | 河西瑛里子、飯田卓 |
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【館外研究員】 | 飯田淳子、川田牧人、白川千尋、山口亮太、及川祥平、松崎かさね、師田史子、平野(野元)美佐、松岡薫 |
研究会
- 2024年11月30日(土)13:00~18:00(国立民族学博物館 第4演習室 ウェブ開催併用)
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共同研究の全体構想――呪術・偶然性・共同性 津村文彦(名城大学)
研究紹介 白川千尋(大阪大学)、川田牧人(成城大学)、飯田淳子(川崎医療福祉大学)、平野美佐(京都大学)、松岡薫(天理大学)
研究紹介 及川祥平(成城大学)、松崎かさね(福井県立大学)、師田史子(京都大学)、山口亮太(金沢大学)、河西瑛里子(国立民族学博物館)
今後の研究会の進め方について
- 2025年3月8日(土)14:00~17:00(国立民族学博物館 第4演習室 ウェブ開催併用)
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研究発表 川田牧人(成城大学)「「笑はない人」の顔は綻ぶか:山村百項目調査における笑いと呪い」
研究発表 白川千尋(大阪大学)「治療効果の社会的共有プロセスをめぐる微視的省察」
来年度の研究会のスケジュールについて
研究成果
初年度に当たる2025年は、本共同研究の目的とメンバーの研究関心を共有するとともに、呪術の語りと間主観性、笑いのもつ場を変容させる力について議論を行った。
11名のメンバーの研究関心は多岐にわたるが、「偶然性に満ちた世界のなかで、呪術的なものが、畏れや驚き、笑いなどの情動を経由しながら、いかに社会的に共有されるのか」を解き明かすため、不確実性を生きる術について議論を進めていくことが確認された。川田の研究発表は、柳田国男の山村百項目調査において不記載率の高い項目が主観的・感性的なものであることに注目し、文脈を改変し注意モードを変容させる「笑い」の問いにくさ・語りにくさを指摘した。白川の研究発表では、ヴァヌアツでの発表者自身の病の経験を題材に、呪術的な社会的経験において、口裏合わせや共犯関係のような間主観的な情動が作用することの重要性が指摘された。不確かさに包まれた社会現象についての人類学・民俗学的記述を一段階進める方策について検討が行われた。