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アフリカにおける文化遺産の継承と集団のアイデンティティ形成に関する人類学的研究(2015-2021)

科学研究費助成事業による研究プロジェクト|基盤研究(A)

吉田憲司

目的・内容

現代のアフリカにおいては、紛争、新たな宗教運動の展開、あるいは都市化による有形・無形の文化遺産の破壊・衰退が問題となる一方で、個々の民族・地域集団が自身の文化遺産を集団としてのアイデンティティの核として位置づけ、その集団独自の文化を創造・継承していこうと動きもみられる。本研究は、現地アフリカの研究機関・研究者と共同して、こうした文化遺産の意義を改めて評価することで、文化遺産の次代に向けての創造的継承につなげるとともに、文化遺産を用いた集団のアイデンティティの形成の問題点と可能性を検証し、アフリカの人びとが自らの文化に誇りをもちつつ、異なる文化と共存して生活しうる基盤を涵養しようとするものである。それは物質文化研究にとどまっていた従来のアフリカ研究における文化遺産研究を、アフリカ社会の創造的な構築の学として再整備するものといってもよい。

活動内容

2019年度活動報告

研究代表者の吉田憲司は、ザンビアのチェワ社会において仮面結社ニャウの活動により国境を超えた民族全体のアイデンティティが醸成されている具体相を明らかにした。また隣接するンゴニ社会の「ンスィンゴ・コミュニティ・ミュージアム」の設立の経緯を検証し、集団のアイデンティティ形成におけるミュージアムの役割を明らかにして、その成果を国際博物館会議世界大会ICOM KYOTO 2019の「博物館とコミュニティ開発」セッションにて報告した。また、コロナによる渡航制限中、自著『宗教の始原を求めて』の翻訳を進め、宗教運動が新たな集団のアイデンティティを形成していく軌跡を追跡した研究成果を英文で刊行する準備を終えた。
研究分担者の飯田卓は、マダガスカル漁撈民ヴェズ社会における技術や知識を文化遺産として捉え、その習得や共有により集団のアイデンティティが形成される様を論文で発表した。慶田勝彦は、アメリカ・カナダ人類学会合同の国際学会で、ケニア海岸地方ミジケンダの祖霊木彫Vigangoの盗難と米国の博物館からの返還運動について、米国のNAGPRAに基づく文化財返還の観点からの人類学的考察を発表した。ウスビ・サコはマリに赴き現地調査を実施して、文化遺産の保存と政策の関わりを明らかにした。和崎春日は編著書を出版し、カメルーンなど世界各地の文化的遺産の生成・維持を、移動を含む動態の中で捉える「関係論的人類学」を論じた。亀井哲也は南アフリカのンデベレの成女儀礼が少女個人に重要なだけでなく、集団として知識・技術や価値観を継承しその帰属意識を維持するのに極めて重要であることを明らかにした。
以上、この5年間の研究で、アフリカ各地の文化遺産の継承の状況を把握し、有形・無形の遺産の集団のアイデンティティ形成における核心的意義を明らかにするとともに、それが個々人の意識の在り方に及ぼす影響についても解き明かすことができた。

2018年度活動報告

平成30年度には、研究代表者・分担者が、それぞれの担当する地域に赴き、文化遺産を通じた集団のアイデンティティ形成についての実地調査を行なうとともに、とくにザンビアにおいては「文化遺産とコミュニティ」に関する現地シンポジウムを実施した。
研究代表者の吉田憲司は、ザンビアにおいて、チェワ社会、ンゴニ社会での文化遺産継承の動きを継続調査するともに、国立民族学博物館とザンビア国立博物館機構の間で学術協力協定を締結し、それを記念したシンポジウムのなかで、これまでの研究成果を発表して、今後の現地における研究の進展と文化遺産継承の振興を促した。
研究分担者の和崎春日はカメルーンを訪問し、バムン王国の王都フンバンにおける伝統の継承とヨーロッパ文化およびイスラーム文化の摂取過程について、バムン王宮博物館のガリツィン・ルンペット博士と共同調査を実施した。ウスビ・サコはマリにおいて、伝統的都市の建築遺産修復プロジェクトが地域コミュニティの文化伝承に如何に関与しているかについて、マリ国立博物館と共同調査を行なった。亀井哲也は南アフリカ共和国のンデベレ地域に赴き、参与観察を継続してきている野外博物館コドゥワナ文化村の活動を追跡して、南アフリカにおける多文化主義政策の動向が民族集団の文化の継承に大きな影響を及ぼしていることを確認した。また、飯田卓はマダガスカルのザフィマニリ地域を訪れ、治安の悪化によるセキュリティ向上の必要性から家屋様式の近代化が進んでいることを把握し、地域住民の伝統家屋への意識にも変化が生じていることを確認した。
一連の調査研究活動により、アフリカ各地における文化遺産を通じた集団のアイデンティティ形成のあり方を歴史的に追跡することが可能となってきた。その成果の上にたって、アフリカにおける文化遺産の創造的継承にむけて、現地コミュニティと共同で、新たな指針を提示する準備も整ってきている。

2017年度活動報告

計画第3年度にあたる平成29年度においては、研究代表者・分担者・連携研究者計7名が、それぞれの担当地域に赴き、現地研究拠点機関・現地研究協力者と共同で、当該地域における文化遺産の現状と集団のアイデンティティ形成との関係についての現地調査を実施した。すなわち、南部アフリカについては、吉田憲司がザンビア、亀井哲也が南アフリカ、飯田卓がマダガスカル、東部アフリカについては慶田勝彦がケニア、西部アフリカについては、和崎春日がカメルーン、ウスビ・サコがマリ、飯田卓がベナン、カメルーン、そして連携研究者の阿久津昌三がガーナにおいて調査を行なった。特にケニアでは、インドや欧米との接触を含む様々な要因によるアイデンティティ形成の多様性と多元性について調査する中で、マリンディにおける諸民族のアイデンティティ継承に関する博物館実践に参加した。
また平成29年度は、研究代表者・分担者・連携研究者のうち6名が参加し、ガーナ、アシャンティ王国王都クマシのマンヒーア王宮博物館において、文化遺産の継承における博物館の役割に焦点を当てた現地ワークショップを開催した。「文化遺産の守り手としての博物館」“The Museum as a Guardian of Cultural Heritage”と題し、吉田、和崎、阿久津、亀井、飯田、サコが発表・司会を務めた。またザンビアから国立博物館機構フレクソン・ミジンガ議長が出席・発表、ガーナからもマンヒーア王宮博物館のジャスティス・ブロビー館長をはじめ4名が発表し、博物館の役割や今後の連携について多くの意見交換を行なった。ワークショップの前後には、ガーナ内の王国を基盤として継承されている有形無形の文化遺産について調査した。
総じて平成29年度は、アフリカ各地の事例から、文化遺産の継承と集団のアイデンティティ形成において、博物館が果たす役割の大きさを再確認することができた。

2016年度活動報告

計画第2年度にあたる平成28年度においては、研究代表者・分担者・連携研究者計7名が、それぞれの担当地域に赴き、現地研究拠点機関・現地研究協力者と共同で、当該地域における文化遺産の現状と集団のアイデンティティ形成との関係についての現地調査を実施した。すなわち、南部アフリカについては、吉田憲司がザンビア、亀井哲也が南アフリカ、飯田卓がマダガスカル、東部アフリカについては慶田勝彦がケニア、西部アフリカについては、和崎春日がカメルーン、ウスビ・サコがマリ、そして連携研究者の阿久津昌三がガーナにおいて調査を行なった。その結果、ザンビア、マラウィ、モザンビークにまたがって居住する民族集団チェワの人びとの間で、伝統的仮面舞踊のユネスコの無形文化遺産登録を契機に、国境を越えたチェワという集団としてのアイデンティティが形成されてきていることが確認された。同様に、ケニアの集団ミジケンダにおいても、伝統的遺産の無形文化遺産登録をきっかけにして、集団の自己認識に変化のみられることが確認されている。これに対して、南アフリカやマダガスカルでは、国民国家の政策によって民族集団の位置づけに変化が生じ、そのことが文化遺産の動態に影響を与えていることが指摘された。一方、西アフリカのマリでは国内の紛争、カメルーンでは中国の経済進出、ガーナでは疾病の流行といった近年の動きによって、文化遺産に対する認識とそれに伴う集団の自己イメージに変化が生じていることも報告された。このように、研究の進行に伴い、文化遺産の継承に影響を与える様々な要因が明らかになってきている。今後とも、文化遺産に継承を阻害・促進する要因の把握に努めたい。なお、平成28年度は、ザンビアにおいて、文化遺産の継承における博物館の役割に焦点を当てた現地ワークショップを開催した。次年度は、ガーナにおいて、同様のワークショップの開催を計画している。

2015年度活動報告

計画第1年度にあたる平成27年度には、調査対象地域における現地研究拠点ならびに海外共同研究機関を含めた研究体制の整備を行ったうえで、現地での予備的な調査を実施した。
・海外共同研究機関としては、英国の大英博物館並びにイーストアングリア大学セインズベリー芸術センターとの間で共同研究推進の合意に達し、早速それぞれの機関に所蔵されるアフリカ関係の資料についての調査を行った。米国のスミソニアン協会国立自然史博物館とカリフォルニア大学ロサンジェルス校については、メール等でのやり取りを通じて、共同研究体制の整備を図った。
・現地での活動については、研究代表者の吉田憲司がザンビア、研究分担者の亀井哲也が南アフリカ、慶田勝彦がケニア、和崎春日がカメルーン、ウスビ・サコがマリ、飯田卓がマダガスカル、そして連携研究者の井関和代がエチオピアに赴いた。いずれの調査対象国においても、本年度は、計画の初年度にあたり、当該国の文化遺産の概況を調査し把握したうえで、今後5年間にわたる現地研究拠点機関との研究計画の企画立案に時間を割いた。ただ、すでにこの初年度の調査から、ザンビアやケニアでは、ユネスコの無形文化遺産登録が集団のアイデンティティの在り方に変化を生じさせていることや、マリ、カメルーン、マダガスカルなどにおいては、国内の紛争が文化遺産の継承に少なからぬ影響を与えていることが窺われた。
なお、次年度(平成28年度)に予定しているガーナにおける文化遺産の保存と継承に関する現地ワークショップのため、本年度内に連携研究者の阿久津昌三をガーナに派遣することにしていたが、現地カウンターパートの配置転換により現地受け入れ態勢が平成27年度は整わないことが判明したため、阿久津の派遣を平成28年度とし、ワークショップは平成29年度の実施することとして、研究経費についても一部繰越を行った。