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〝触〟の大博覧会 (2021年9月)

(1)ボツボツから勃々へ

2021年9月4日刊行 広瀬浩二郎(国立民族学博物館准教授)

特別展のチラシ。表面には点字が印刷されている。
特別展のチラシ。表面には点字が印刷されている。

今月2日、国立民族学博物館(大阪府吹田市)で特別展「ユニバーサル・ミュージアム」が開幕した。本展の副題は「さわる!〝触〟の大博覧会」である。

コロナ禍の中で、「触」をテーマとする展示を行うことには、賛否両論あるだろう。実行委員長の僕自身、この1年半ほど、感染拡大状況に一喜一憂する日々を過ごしてきた。しかし、今は「こんな時期だからこそ、さわることの大切さを発信しなければ」と、決意を新たにしている。「非接触社会から触発は生まれない」。これが特別展のスローガンである。

さわることへの共感を促すために、本展では解説パネルの文字情報を点字でも提供する。すべての点字は僕が手打ちした。8月中は点字のパネル作りを文字通りぼつぼつ進めた。本展には多数のアーティストが出展している。僕は出展作家ではないが、手作りの点字パネルを各所に「出点」することになった。

点字は視覚障害者が読み書きする文字だが、広く一般来館者にとって「さわる世界」への導入になるとも考えている。見る文字に対し、さわる文字がある。この気付きは、見る博物館に対し、さわる博物館があるという新しい価値観の築きにつながる。点字が読める・読めないは別として、多くの来館者にボツボツの点字パネルに触れていただきたい。僕の勃々たる思いが伝われば幸いである。

特別展「ユニバーサル・ミュージアム ―― さわる!“触”の大博覧会」

(2)暗闇の解放感

2021年9月11日刊行 広瀬浩二郎(国立民族学博物館准教授)

松井利夫「つやつやのはらわた」。特別展では「目に見えないもの」を主題とする作品が多数出展されている。
松井利夫「つやつやのはらわた」。
特別展では「目に見えないもの」を主題とする作品が多数出展されている。

国立民族学博物館(大阪府吹田市)で開催中の特別展「ユニバーサル・ミュージアム」は六つのセクションで構成されている。そのうちの五つは暗い展示であると聞くと、戸惑う人が多いだろう。

これまで、各地の博物館で「さわる展示」の開発に関わってきた。展示場に足を運び、手を動かして情報を獲得する。「見学」を前提とした従来のミュージアムの展示方法を改変する起爆剤となるのが「触」である。だが、魅力的な「さわる展示」を実施しても、少なからぬ来館者が積極的にさわろうとしない場面によく出合う。博物館とは見る場所だという固定観念が刷り込まれているのだろう。

今回の特別展では、「さわらなければわからない」状況を創出した。展示物には照明を当てず、触覚による鑑賞を促す。視覚に頼らないからこそ得られる「発見」があることを多くの来館者に知ってもらいたい。無理なく暗い展示を楽しめるように、導入部は明るい展示とした。最後のセクションも明るい展示とし、見てわかること、さわってわかることの比較ができる工夫を組み込んだ。

暗い展示の目的は、視覚を使えない不自由の体験ではない。視覚を使わない解放感から、新たな博物館像が立ち上がる。本特別展が、視覚偏重の日常の中で僕たちが見落とし・見忘れてきたものを取り戻すきっかけになればと願う。

特別展「ユニバーサル・ミュージアム ―― さわる!“触”の大博覧会」

(3)作品と資料の違い

2021年9月18日刊行 広瀬浩二郎(国立民族学博物館准教授)

堀江武史「服を土偶に」。複製土偶(考古学資料)に服を着せる現代アート作品
堀江武史「服を土偶に」。
複製土偶(考古学資料)に服を着せる現代アート作品

「さわって感じる美とはどんなものですか」。こんな質問をよく受ける。さわって気持ちいいものは、いろいろある。すべすべの手触り、流線型のフォルムなどは触覚的な美の代表だろう。逆に、不規則な形、ごつごつの触感でも、不思議に手になじむものもある。茶碗などにさわると、手に持つことによって気づく美があると実感する。そもそも、視覚的な美と触覚的な美は同じなのか、違うのか。特別展の多様な展示物を通して、じっくり考えてみたい。

一般に、博物館が収集・展示するのは資料である。一方、美術館のコレクションは作品と呼ばれる。資料は理性に訴えるものなので、美を感じ取る対象ではないという意見もある。しかし、さわるという方法で資料・作品に接すると、両者の区別はなくなる。

文化とは人間が創り、使い、伝えてきた事物の総体である。「創・使・伝」は手を介してなされる。文化を体感・体得するためには、手でさわる行為が不可欠である。さわる鑑賞は、第一に質感・形状などの表面的理解から始まる。第二段階のさわる鑑賞は、「創・使・伝」の物語を想像する内面的考察へ進む。想像力が鍛えられれば、触覚による美のとらえ方も変化するだろう。さわる鑑賞が資料と作品の垣根を取っ払い、文化全般を味わう手法として定着することを期待したい。

特別展「ユニバーサル・ミュージアム ―― さわる!“触”の大博覧会」

(4)絵本「音にさわる」

2021年9月25日刊行 広瀬浩二郎(国立民族学博物館准教授)

「音にさわる」(偕成社)の表紙
「音にさわる」(偕成社)の表紙

国立民族学博物館(大阪府吹田市)で開催中の特別展「ユニバーサル・ミュージアム」には、「音にさわる」「風景にさわる」などのセクションが設置されている。触覚の特徴は、全身に分布していることだろう。人間は身体の各部で物・者に触れることができる。僕は「触=全身を使って目に見えない世界を探る行為」と定義している。

特別展では、両手のひら・指先で丁寧に展示物に触れる鑑賞が基本である。しかし、時には全身の感覚を総動員し、大胆に展示物に触れてほしいとも考えている。触覚を働かせるためには、身体を動かさなければならない。能動的な触覚鑑賞が展示物との対話、来館者同士の対話を促進することを願っている。

特別展の開催に合わせて、「音にさわる」という絵本を刊行した。隆起印刷による触図と点字を掲載した「さわる絵本」である。イラストレーター、編集者と議論を重ね、「さわると楽しい」から一歩進んだ「さわらないと楽しくない」絵本が完成した。

「さわるくん」という主人公が視覚以外の感覚を駆使して、春夏秋冬を満喫する。最後に「さわるくん」は、あちこちで探し当てた音を体内から放出し、触感豊かな音楽を奏でる。この絵本は、特別展の最終コーナーに展示している。多くの来館者が「さわるくん」のように、全身の触覚を研ぎ澄まし、「音にさわる」旅に出かけてくれたら嬉しい。

特別展「ユニバーサル・ミュージアム ―― さわる!“触”の大博覧会」