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米国先住民資料巡り (2021年10月)

(1)ソースコミュニティー

2021年10月2日刊行 伊藤敦規(国立民族学博物館准教授)

ジム・イノーテ氏によるズニ製資料の熟覧
ジム・イノーテ氏によるズニ製資料の熟覧
=民博収蔵庫で2009年7月、筆者撮影

私は学生の頃、美術館でアルバイトをして金を貯め、アメリカ先住民ホピの居住地を訪れては数カ月後に帰国する生活を繰り返していた。

民博で特別共同利用研究員をしていた2009年初頭、館長室からの電話が鳴った。米国から先住民ズニの方の訪問予定があるのでアテンドしてほしい、とのこと。ホピとズニの文化的な類似性は研究者の中ではよく知られているが、両者の居住地は何百㌔も離れていたため私はズニへの訪問歴はほぼなく、知人も少なかった。一抹の不安を抱きながら館長室の扉を叩くと、松園万亀雄館長(当時)と大柄の男性がいた。ジム・イノーテ氏は当時、ズニ博物館の館長を務めていて、民博が収蔵するズニ由来の資料の熟覧を希望していた。それを直接伝えるためにわざわざ民博に来たのだそうだ。

数カ月後、再び民博にやって来たイノーテ氏をサポートするよう須藤健一館長(当時)に命ぜられた。私は美術館での展示業務に加え、博物館資料を熟覧する共同研究の参加歴もあったので、物質文化研究に関して全くの初心者ではなかったが、資料を手に取り主観的なもの語りを次々と披露していくイノーテ氏の熟覧のやり方は斬新に感じられた。

この経験が転機となり、資料のソースコミュニティーの人々(作者・使用者・その子孫)を各地の博物館に招聘して、資料を確認してもらう「再会」プロジェクトを立案した。

(2)もの以外の記録

2021年10月9日刊行 伊藤敦規(国立民族学博物館准教授)


広島県福山市の松永はきもの資料館に
ホピの人々を招聘して熟覧調査を行った
=2016年4月、筆者撮影

民族誌資料にはさまざまな情報が記録されている。いつ、どこで、どの民族集団が、どんな材料から作った、どういった用途のものを、誰が、いつ、どこで、幾らで購入した。こういった情報が資料一点一点に対応した形で台帳にまとめられる。

2014年以来、私はソースコミュニティーの人々を世界各地の人類学博物館に招いて民族誌資料を熟覧してもらう国際調査を組織してきた。熟覧対象は資料そのもの以外に、収蔵機関が管理している資料情報にも及ぶ。項目の設定や記入内容、さらには収集日記や鑑定書といった補足資料にも収蔵機関のスタンスが反映されるためである。

16年にホピの人々を広島県福山市の松永はきもの資料館に招聘した。旧称は日本郷土玩具博物館で、今は同市が管理している。ここにはホピ族の信仰対象である精霊を象(かたど)った木彫人形324点が収蔵されている。圧巻なのは全点を常設展示しているだけではない。1980年代ごろに制作された人形一つ一つに関する、現地在住の米国人ディーラーと当時の学芸員との往復書簡が補足資料として保管されていることだ。そこにはモチーフとなった精霊の儀礼上の役割や名称、収集時の写真、収集の状況などがまとめられていた。アーカイブからは関係者の貴重な記憶の断片を辿れることもある。

(3)個人コレクション

2021年10月16日刊行 伊藤敦規(国立民族学博物館准教授)


米国ニューメキシコ州サンタフェの個人収集家自宅で
銀細工コレクション撮影をした
=2019年6月、筆者撮影

米国先住民ホピが制作した銀細工は世界各地の博物館に収蔵されている。しかし、収蔵点数は制作点数のほんの僅かな割合を占めるに過ぎない。歴史上ホピが手がけた大多数の銀細工は商品として市場で売買されている。すなわち、おそらくほとんどの作品は、ギャラリーの陳列ケースの中に収められているか、個人消費者の自宅などに保管されている。

1990年に制定された先住民墓地保護・返還法(通称、ナグプラ)によって、米国政府から運営費を支給されている米国内の全ての博物館は収蔵品のリスト化と、それらが由来する先住民コミュニティーとのリストの共有が義務化された。そのため、公金が充当された全機関の収蔵状況を俯瞰することは不可能ではない。他方、米国内に限定したとしても個人コレクションの全貌を把握することはほぼ不可能である。

それでも世界には博物館に匹敵するような点数を個人で保有する収集家が存在する。どういうわけか私たちの「再会」プロジェクトのことを知り、わざわざ連絡をくれる場合がある。そして自分のコレクションを「再会」の対象に加えてほしいと申し出てくれる場合すらある。現時点でソースコミュニティーの人々による熟覧を済ませたのは、2人のコレクターの私物約700点と14機関の収蔵点数を足した約2500点である。

(4)資料の寄贈

2021年10月23日刊行 伊藤敦規(国立民族学博物館准教授)


スミソニアン協会国立アメリカンインディアン博物館
=2017年4月、筆者撮影

管見の限り、資料収集予算が潤沢な人類学博物館は今日それほど多くない。日本国内に限ったことではなく、欧米でも似たような状況にある。それにもかかわらず、収蔵資料の点数は増加傾向にある。その理由は広く寄贈を募っているからだ。

ものの収集は博物館などの専門機関のみならず、企業や一般の人々も行っている。集まったものは、収集家の存命中に何か特別な出来事を記念した時や、死去したタイミングで遺族が博物館に寄贈を持ちかける。申請を受ける博物館は、そのものの状態や来歴を調べ、専門家に価値を照会し、収蔵資料との重複がない場合に受け入れる。

博物館資料となる寄贈品の資料情報には、前所有者である寄贈者の氏名や職業や入手経路といった内容に加え、当該資料を展示会などで展示する場合に添えてほしいメッセージなどが記録される。私物の寄贈とは、単なる物質の移動と所有権の放棄ではなく、寄贈者の思いを博物館活動の一環として記録して組み込んでいく貴重な機会なのである。

国立アメリカンインディアン博物館が収蔵する「ホピ製」とされる銀細工資料をホピの人々と熟覧した。その調査に参加した銀細工師は、貴重な資料を熟覧させてくれた感謝の気持ちを後世に残したいとして、自ら制作した銀細工作品を寄贈した。

(5)オンライン公開の「壁」

2021年10月30日刊行 伊藤敦規(国立民族学博物館准教授)


オランダ国立民族学博物館の展示資料の一部はオンラインでも公開されている
=2015年3月、筆者撮影

人類学博物館の収蔵資料には、素材や寸法といった物質的な特徴や来歴をはじめとする「科学的な」情報が文化的他者によって付される傾向にあった。それとは対照的な動きが近年みられる。ソースコミュニティーの人々を資料と「再会」させ、彼らの主観的なコメントを資料情報に加えることで、博物館活動を活性化させる「インディジェニゼーション」と呼ばれる運動である。

私が米国先住民ホピの人々と実施した資料熟覧中も、作り手の意図や独創性に思いを馳(は)せる発言が頻発した。親族や知人が手がけた作品と「再会」を果たす場合などは人となりが詳しく披露された。民族誌資料はある民族集団のアノニマス(無名)な人物が手がけた代替可能な民具的なものという前提が、個性を有した特定の人物が彼/彼女なりの作風で制作した代替不可能なものへと覆った瞬間だ。

これは「思想または感情を創作的に表現した」著作物の特徴が民族誌資料に見出(みいだ)されたことを意味する。そうなるとフェアユースの考え方のある米国以外で資料画像を公衆送信する場合、誰もが自由に使えるパブリックドメインになっていない限り、著作権者の許諾を得ることが利用条件となる。当該資料の展示は法律上例外的に著作権者からの許諾を得ずに所有者の裁量で行えるが、オンライン展示にはそうした例外は適用されないのである。